第33話 探索:小川のテラリウム
川に一瞬過った影、それは見間違う事無く……。
「魚だ……一瞬だけ見えて岩間の影に隠れたけど、間違いなく川魚だ」
俺は靴を脱いでひんやりと川の中に入っていく。下流の岩の影には、小魚やザリガニ、タニシみたいなのがくっついていた。
小さなザリガニをゆっくりと手を水の中に差し入れて、掬うように捕まえる。
植物以外の生物が、このテラリウムの中に生きている。
【???】を鑑定すると、【イノリガニ:レア度1:追加情報>祈りの森の小川の岩に生息するカニ。祈りの森の湖畔にいる魚の生餌となる。スキル:神秘の胃袋の所有者なら食べられる】と出た。カニなのか。これ。どう見ても見た目は青色のザリガニ。
小魚は地味な見た目の魚から、ネオンテトラみたいな熱帯魚に近い外見の魚もいる。
ふと、森のテラリウムを探索していた時に思った違和感を思い出した。
「そうだ、確か蜘蛛の巣を採取した時に、本当は気づいていなきゃいけなかったんだ」
蜘蛛の巣があるという事は、巣を張る蜘蛛がいたって事。
つまりこのテラリウムの中には、植物だけじゃなくて、虫や魚や、生き物が存在している。
「おい、待てよ。この生物は
魚や虫がいるって事は……もしかしたらそれを捕食する動物……魔物か、それもこの森にいる可能性だってある。
「おい、冒険の書、これってどうなっているんだ?」
思わず小さく聞いてしまった。
イノリガニをそっと岩に戻すと、手を拭ってマジックバックを漁る。
冒険の書は光りながら文字が書き込まれていった。
『推測の段階でしかありませんが、おそらくこの世界を去りし生き物たちがこの箱庭の中では戻っている様子ですね』
「去りし生き物たち……って、フォーセイクンに元々生息していた生物ってことか?」
『ご明察です。この森の中の小川付近に生息していた生物の気配を感じます。魔物も同様にいる事でしょう』
じわりと嫌な汗が広がる。
魔物もって……この小川は確か祈りの森の浅層と中層の中間にある。
ヤバイ魔物は出てこないだろうけれど、俺には戦う術がない。
俺はコツコツと素材調達とテラリウムを作るしか能力が無い男だぞ! 威張る事でもないけど!
『大きな違いは、このテラリウムの中のありとあらゆるものは、貴方様の管理下に置かれているという事です。いわば、この世界の創造主は貴方様です。この世界の生物は、貴方を害す事はないでしょう』
「え、そうなの?」
『はい。この世界であれば、貴方様は神に等しいと言えるでしょう』
……いや確かに俺が
「じゃ、俺はこの世界の魔物に遭遇したとして、襲われない?」
『肯定します』
「つまりは、いつになるかもわからないけれど……祈りの森の中の素材が全てテラリウムの中で再現できる可能性があるって事?」
『おそらくは』
ぞわりと背筋に鳥肌が立つ。
それって……つまり。
「【固有魔法:テラリウム】って箱庭作成系の能力の中じゃかなり当たりなんじゃ?」
『女神様も吃驚していると思います』
だよな。完全に俺の事外れ扱いしてたもんな。
はー。こんな事もあるんだなって実感がわかない。
そもそも魔物に襲われないってメリットはあるが、俺が、魔物を襲う……のか?
魚ですら捌いたことがない俺が、イノリシシとか、なんかやばそうなやつを……内臓を取り出して肉を取り出す?
いや、それはギルドに任せればいいにしても……マジックバックに、魔物を、入れる……?
……全然イメージがわかない。
よし、今は植物専門でいいや。草や木の実、採取大好き。
ま、必要になったら考えよう。
「さ、苔とか色々採取しよう、そうしよう」
俺は滅茶苦茶問題を未来の自分に投げた。
どうやらこの小川、非常に上質な魔力を秘めた水が流れているらしく、川魚を捕る事が出来なかったが、鉱石類は沢山あった。
川の至る所に落ちているキラキラと光る鉱石を集めて行けば、それだけでも十分な量になる
下流には翡翠結晶がよく落ちていた。素材用試験管だけでなく、ギルドに納品用にと拾い集める。
イノリゴケはツールセットから鉄製のヘラ、スクレーパーっていうんだっけな。それを取り出してシュッシュと削り取るだけで量が集めれた。
取りすぎに注意だけど、結構岩場に群生しているもんだな。
小川の端に咲いている黄色の薬草が【麻痺草】だったというのも大きな発見だ。これがあれば麻痺関係の薬が作れるはず。根から丁寧に採取していく。
上流に向かえば、一面虹色に光る砂が敷き詰められていた。
掬い上げれば、ガラス片みたいに光っているけれど、細かな小石の様だった。
【神聖結晶:レア度3:追加情報>創造主の魔力を有する結晶体。質の高い【箱庭の球体】の素材となる。スキル:神秘の胃袋の所有者なら食べられる】
これ、そうだ。失敗した箱庭の球体を砕いた結晶だ。小川のテラリウムの上層に撒いておいたんだけど、ちょっとアイテムのレア度が上がっている気がする!
これをスコップでざかざかと【底無しの袋:レア度8】に詰め込んでいく。元々の川にあったケーシャ石よりもいっぱいある気がする。
また上位のアイテムを作る為にたくさん採取しておこう。
他にも上流には黒色結晶もちらほらと落ちていた。確か魔法付与の触媒に使えるんだっけ?
他にも紫雲結晶や青雲結晶とか聞いたことのない素材も上流では取れた。
これも、魔力が込められた素材を使った影響なのかな?
マジックバックだからパンパンって言葉は使えないだろうけど、革袋にそれぞれの素材をぎゅっと詰め込んで、ギルドから支給されたちいさなマジックバックの中に押し込む。
次の査定が楽しみだな、なんて思ってしまう。
川の中にしばらくいたので、足先がひんやりとしている。
乾かすついでに【麻痺草】も多めに採取して、小川のテラリウムから一度出る事にした。
「魚だったら俺も捕まえられるかな。次は魚を釣る方法を考えてみよう」
なんて、楽しく小川のテラリウム探索を終えたのだった。
【小川のテラリウム:普通】
成熟度☆
採取できる素材の確認(17/40)
採取できるレア素材の確認(1/10)
テラリウムから退出
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
【???視点】
黒い影は森の中を駆けていく。
点々と呪いの跡を残しながら。
生き物が消えてしまった小川を駆け、ひらけた場所に出た。
なんとも言い難い奇妙な気配がした。
この世界の神の気配を感じる建物に、その横には青々と茂る薬草が育っていた。
その甘い魔力を口に含もうとすれば、身を苛む呪いが薬草を枯らした。
この場所から、この世界のものではない気配を感じた。
摂理を捻じ曲げて存在するような、そんな気配が濃くなる。
黒い獣は唸りを上げた。
身を焦がすような衝動に、ボタリポタリと呪いをまき散らす。
建物の扉が、開かれた。
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