第32話 希望の見える帰り道


 もうそろそろ帰ろうかという所、ベクターさんも戻って来たので、挨拶だけしてギルドを出た。

 来週の表週期には出勤しないのでご注意をとの事だった。明日を逃せば鑑定してもらえるのは6日後か……。

 

 市場で仕入れた物の他に、大きなボルボルパイや調味料なども調達できた。成果は十分である。

 帰り道……試しにちょこっとだけ塩と胡椒を試験管に採取してみた。

 塩と胡椒は素材として採取できてしまった……これ、テラリウムに素材として配置できるかも……。岩塩と胡椒の木って感じかな?

 取り扱いは気を付けないと、価格破壊起こしちゃうもんな……。

 自宅で使う分にはいいかな……?

 

 もし、菜園のテラリウムとか、薬草畑のテラリウムとかあったら便利だよなぁ。なんてぽやぽや考えながら山道を歩く。

 うう、さっき馬車に乗る楽さを体感してしまうと、地味に徒歩が辛くなってきた。

 馬、というか何か乗れる生き物がいたらいいんだけどなぁ。


「冒険の書、俺が従魔にできそうな魔物っていないかな」

『この世界には現存いないですね』

 ぐえ、手厳しい言葉が返って来た。

 まぁ、この世界で長くいるんだし、これから徐々に考えて行けばいいことだ。

 

 ふと、不思議な感覚を覚える。

 一昨日、初めて町に行った帰り路、呪いの風も黒い森も、終わりしかない世界には先が無いように思えた。

 けれども今日は商人ギルドの市で賑わう人たちの姿や、ボルボルパイを食べて、懐かしい味に目を細める人たちの姿をみて嬉しくなった。


 ギルドマスターたちが素材の調達場所を教えて欲しいって願い出た事も含めて、彼らはこの世界を諦めてはいない。

 この世界では、まだまだ生きようとしている人たちがいるんだって。

 人は諦めてなんかいないってことを間近に見る事が出来て、ちょっと感動していた。

「冒険の書、女神はこの世界を捨てて別の世界を作りに言ってしまったけれど……この世界も捨てた物じゃないって気がするけどね」

『ええ……』

 冒険の書が何か書き澱んだように点が続く。

『きっと貴方様が選ばれたのにも、意味が生まれるのでしょう』

 だと良いけどな。


 さ、帰ったら小川のテラリウムで採取して、夜には新しいテラリウムを作ろう。

 俺に出来る事は多くはないけれど、そんな時には知恵を借りよう。

 冒険の書も、リンドウギルドの人たちも、皆良い人ばかりだ。


 もっと仲良くなれたらいいな、なんて事を思いながら家路を急いだ。


 家に入る前に左手の畑を確認する。

 どれも枯れてはいないけれど、念のためもう一度清水と魔力水を散布する。

 この森で少しでも薬草が芽吹く事が出来たら、昔の祈りの森に近づく一歩にならないかなって思ってしまう。

 

 

 入口で靴の泥を落として家に入り、マジックバックから取り出した日用品をしまう。

 石鹸とか、歯を磨くための道具とか。ここらへんが手に入ったのは嬉しい。毎日ちょこっと身体を洗い流したりはしていたけれど、石鹸とかは無かったしな。

 買った石鹸は硬くてちょっと独特な匂いがするから、もう少し質の良い物とか自作できたらよかったんだけど、いかんせん自分に知識がない。

 よく、無ければ作ろう! って物語があるけれど、その為には予備知識が必要なんだよな~って改めて思う。

「冒険の書、そういう知識とかないの?」

『ありますよ。苛性ソーダに植物性オイル、精製水ですね。この世界では苛性ソーダは精溶結晶という名前の鉱石が一番近い性質を持ちます。植物性オイルはオードの実やラーダの実を潰して出たオイルが代用できます』

 あるんだ……地味に冒険の書、ここらへんの知識が有能だよな。


 色々とこの世界で作れるものとかを挑戦していくのは楽しいかもしれない。

「となると、少なくともクラフト系の料理スキルと錬金術師スキルは欲しい……。せっかく薬草を採取できるんだから、加工までしてみたいよな」

 とにかく覚えるまでやってみることがスキル取得の一歩だもんな。

 一つ一つ着実に、自分のできる事をしてみよう。


 さて、と。

 マジックバックの中身を整理できたので、さっそく小川のテラリウムの中の探索を始める事にした。

 取れたら良いなと思う素材は今日ギルドで聞いてきた、イノリゴケ、翡翠結晶、黒色結晶。

 

 今回は空になった【底無しの袋:レア度8】に、とある素材をいっぱい採取することも目標だ。

 小川のテラリウムの上層に失敗した箱庭の球体を砕いたガラス片を敷いたんだけど、あれにも魔力が込められているんだよな。

 それを元にテラリウムを作ったら、もっと質の良い【箱庭の球体】を作れるんじゃないかなって狙いだ。

 

 カウンターの後ろの薬品棚に置いてある【小川のテラリウム】に手を伸ばす。

 きゅぽっとコルク栓を抜いて覗き込む。

 じっと見つめていると視界がぐにゃりと曲がり、一瞬途切れた。


 おっとと、降り立ったのは小川の岸、最初に小川のせせらぎが聞こえて来た。

 それから川の匂いと、草の匂い。

 森の中にひっそりとあるような小川が広がっていた。

「森のテラリウムの中とはまたちょっと違って、風がひんやりして気持ちが良いな」

 背の高い木々が小川の左右にあるので、木漏れ日がしっかりとある為だろうか。日差しがきつくない。

 川まで進むと岩場には苔が生えていた。


 苔の部分の【???】を鑑定すると、【イノリゴケ:レア度1:追加情報>祈りの森の小川の岩に生える苔。魔力を貯めやすく様々な魔道具の素材となる。スキル:神秘の胃袋の所有者なら食べられる】と出て来た。

 良し、これも採取してしまおう。

 なんて喜んでいると、川で信じられないものを見つけてしまった。


「嘘だろ?? なんで、ここに……」

 

 一瞬しか見えなかったけれど、間違いなくあれは……。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


【???視点】


 黒い森の奥から、ひっそりと歩む一つの影。


 絶望を煮詰めたようなその黒い獣が地に足を付けるたびに、呪いが地面を焦がす。

 それは、本来では有り得ないモノだった。

 絶えた命に未練が宿る。

 全ての同胞を殺し尽くされた嘆きが宿る。

 痛みが身体を苛み、憎しみが魂を焼く。

 それは生ある時から乞われていた。ただその役割を果たす為に、そう在った。

 だが、守るべきものが失われ、その嘆きばかりが風にのる。

 獣は進む。

 全ての憎しみを身に抱えて……。

 ふっと風に匂いが混じる。

 魔力を持つ薬草の香り。すでに失われたはずの、魔力の香り。

 

 獣は森を駆ける。


 全てを黒く染める為に。

 

 

 

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