第31話 ボルボルパイとギルドマスターから学ぶ男の料理その1


 俺が買った物もギルドの馬車の荷台に載せてもらえる事となった。

 ベクターさんが身体強化の魔法が使えるって事にも驚いたけど、彼は買った物をひょいひょいと荷馬車に載せていく。

「ほほ、これでも昔は祈りの森で獲れたモンスターも、ギルドの奥にある解体場で解体していたものです。このぐらいは問題ありませんよ」

 昔は解体担当の職員とかもいて、解体場も賑わっていたらしい。

 

「身体強化の魔法、覚えるコツはなんですか?」

「重い物を持ったり必要としたらおのずと、でしょうか」

 

 ギルドマスターから特訓を受けたらいかがですか? なんて推奨される。

 いや、俺絶対疲れ果てて帰れなくなる。そんな自信だけはある。


 【ギルド兼酒場】の前に留まると、ベクターさんは馬車の片づけと倉庫に荷降ろしをするという事なので、荷台に入らせてもらって自分の買ったものをマジックバックにしまう。礼を言って見送った。

 店に入ると食事時が終わった為か、ちらほらと人がいるだけだった。

「あ、タカヒロさん。商人ギルドの市はどうでしたか?」

「とても面白かったです。お肉とか買ってしまいました」

「いいですね~。そうだ、こちらのギルドカードの更新できましたよ!」

 

 はいどうぞ、と渡されたカードは前のと何が違うのかわからなかったけれど、少しカードの厚みが増えたようだ。

「前のカードと滞在許可証をお預かりしますね。これからは滞在許可証を発行する手間はありませんが、何の素材を納品してくれるのか気になるので一番にギルドに来てくださいね!」

 シシリーさんのこの屈託のない様子は思いっきりがあっていい。


「ギルマスが最後に寄れっていってたんですけど」

「あ、ボルボルパイの事かしら! ギルマス、ギルマス! パイ出来ました?」

 これ絶対自分が食べたいだけだよな。なんて思いながら裏手に声を掛けるシシリーさんを見送る。


「おいおいおい、焦るな焦るな。粗熱を取らないと火傷するぞ」

 コック姿のギルマスが大きなパイを持ってきていた。

「まずは一切れずつな。試食してくれや」

 ボルボルパイはタルト生地に生クリーム、スライスしたボルボルの実を綺麗に螺旋状に並べて焼いたみたいだ。

 見た目はリンゴパイに似ている。

 甘い匂いが堪らない……!

 俺、スイーツ好き男子で良かった。なんてじんわりとしてしまう。


「このパイひとつにボルボルの実2個使ってるからな。ほら、功労者。何年かぶりのボルボルパイだ。一番に食わせてやるよ」

 焼きあがったパイ皿をテーブルの上に置き、ギルマスが真剣に切り分ける。

 一切れとはいえ結構ボリュームのあるパイを一口齧れば、サクサクとした生地の食感に酸味と甘みがじゅわりと広がる。

「美味しい……!!」

 ギルマスは照れたように笑う。

「へっこれがこの町名物の一つ、ボルボルパイだ。昔は家庭ごとに秘伝のボルボルパイがあって、微妙にレシピが違ったんだ」

「ギルマス! ギルマスこれ大変です! 美味しいです! 通常メニューにしましょう!」

「それはこいつ次第だがな」

「タカヒロさん、いっぱい取ってきてください!」

 シシリーさんが口いっぱいにパイを詰め込みながら調子のよい事を言っている。

「懐かしい、ボルボルパイだなんて」

「一口良いだろうか」

 匂いにつられた客が美味しそうにパイを食べる。

「おい、ベクターの分も残しておけよ」

 もう一切れに手を伸ばそうとしたシシリーさんをギルマスがピシャリと牽制する。

 

「おい、タカヒロ。厨房にまわれ」

 あらかた食べ終わるとギルマスに呼ばれた。

 酒場の後ろの扉を開くと厨房に直結している様子だった。

 厨房には色んな調味料や鍋などが雑然としていた。


「お前のマジックバック、料理とかも入るだろ。もう一つのパイ持っていけ」

「いいんですか!?」

「ああ、お前がボルボルの実を納品してくれたからな。これでも感謝してるんだよ。ま、これからはパイ一枚銀貨1枚、一切れ銅貨1枚な。価格は出来れば上げたくねぇ。これからも継続した納品頼むぜ」

「わかりました」

 この美味しさで銅貨1枚ってお得なんじゃないかな。

 パイが無くなったらまた買おう。


「それとお前、後は家に帰るだけだろ? 約束だからな、何か料理でも覚えていくか?」

「それは是非! あの、ギルマスのパンとか美味しくて、ああいうの覚えたいです!」

「構わねえが……お前料理はどのぐらいできる」

「デンシレンジでチンするぐらいです」

「百年早え」

 ひぇっ。

「デンシレンジでチンが何かはわからねえが、つまりは初心者だろ? なら初心者らしく、最初は焼く、煮る、蒸す。そんなところだな」

 市でビックファットピックの肉を買ったことを伝えれば、それを焼く料理が一番だろうという事になった。

 マジックバックから取り出した肉の塊の一部分を渡す。

「まず肉はしっかり焼く事。物によっては腹を下すことになるからな。それと塩は岩塩や胡椒なんかで十分だが、どうしても流通の面を考えると割高になるな。調味料を適量振りかけて、両面しっかりと焼けたら……出来たぞ」

「え? それだけでいいんですか?」

「お前、初心者だろ。失敗して料理が嫌いになる前に、ハードルを下げておく事は大事だ。料理は最初はこの程度で良いんだよ。毎日の事だしな。飽きた頃に煮込み料理なんかも教えてやる」

 な、なるほど。

 確かに、料理始めるんだ! なんて言っていた同僚は道具を揃えたところまではやったけれど、毎回凝った料理に挑戦しては、準備やら片付けやらが面倒ですぐに飽きてしまった。

 料理のハードルを下げるところから始まるなんて……。

 納得する。さすがギルマス。

「うん、旨いな。さすが俺」

 目の前で焼かれた美味しそうな肉がギルマスの口に消えていく。

「あの、俺の肉なんですが……」

「授業料だろ」

 こういう形で授業料取るの!?

 しっかりと食べたはずなのに、香ばしい匂いに味が気になる。


 お願いして、ギルマスの焼いた肉を一口分けて貰った。

 旨い……旨い……。


 あと、特別に塩と胡椒とギルマス特性ソースを少量分けて貰った。ありがてぇ……。

 

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