第30話 商人ギルドの市


 ひとまず最初の商談は無事上手くいった。

 それから念のため、ギルドから革製のマジックバックを支給された。

 この中に素材を入れてバックヤードで査定、換金額を袋の中に入れて返却という流れを取るらしい。

 

「おい、いいか。ほいほいその鞄から何でもかんでも取り出すんじゃねーぞ。一応マジックバックも高価なものだからな」

「もしかして、ダンジョンの奥でしか手に入らないとか……?」

「ダンジョンからだけじゃなくて、一応魔導士も作れる。……もう100年も昔の至高の宮廷魔導士だったらな。今だと素材が足りねぇよ。だから絶対に見つかるなよ。……時も止めれる特殊性なんてのは尚のことな」

 一段と低く警告される。

「わかっちゃいましたか?」

「ええ、薬草類を鑑定しても、これだけの鮮度を保ったままとなると……そうとしか考えられません」

 ベクターさんが苦笑する。

「さすがにそこまでの大きさで時間経過無効までついていたら、神話級魔道具アーティファクトに近いだろうな。ここらは寂れて追剥もいないが、本当に気をつけろよ」

「あ、はは……」

 本当に大丈夫かこいつ? みたいな目でギルマスに睨まれる。


「ま、せっかくだ。下で飯喰ってけ」

「祈りの森亭ランチがいいです!」

「おう、あれにハマったか。本物はもっと旨いぞ。材料はイノリシシ、ヤマノゴートの乳、ボルボルの実、カラクルの木の実、寒冷草、イノリダケだ。見つけたら頼むな」

 冒険の書に書き込むフリをする。さらさらとボルボルのメニューが書き込まれていく。

 

 今日はギルドにボルボルの実が入ったということで、ギルマスが買い上げてボルボルパイを作ってくれるらしい。帰りに酒場で声を掛けるようにと言われた。

 ついでに、新しいギルドカード(滞在許可証やギルド公認冒険者仕様)はそこで渡してくれるそうだ。


 昼時になると店に客が入ってくる。二日前に見た時よりも人が多い。

 どことなく皆表情が明るいので、ボルボルのお代わりついでに話を伺うと、週に一度の商人ギルドが来るのが嬉しい様子だった。

 聞けば消耗品や嗜好品なども量はないが幾つか持ってきてくれるのだ、買い出しメモを頼りに仕入れるとの事だった。


「そうだ、タカヒロさん!」

 酒場のカウンターでシシリーさんがニコニコと手招きする。

「今日午後から商人ギルドの市に行くって言ってたでしょう? ギルドでも仕入れに行くんです。せっかくだから一緒に行きませんか?」

 はっ!! もしかしてギルドの看板娘、シシリーさんと買い出しイベント発生か!?

「是非!」

「ベクターさんが行ってくださるので本当に心強いですよ!」

 書き物をしていたベクターさんが片眼鏡をくいっと上げて紳士的に微笑む。

 や、そんなことだと思ってましたよ。


 ランチ代とお徳用のパン袋も2袋買ったのでしめて銅貨5枚。

 前の残りと今日の売り上げ。軍資金はそこそこある。


 ギルドを出る時にベクターさんと待ち合わせをした。


 荷台がある馬車が店の前に横付けしてあって驚いた。

「すごい! 馬車ですか!」

「これでも1週間分の食料などを運搬しますのでね。どうぞお乗りください」

 馬の手綱を引くベクターさんの隣に座る。

 ちょっとお尻は痛くなるけれど、速いのはとても良い。

「いいですね、馬がいれば随分と町までの移動が楽になりそうです」

「その分、世話も掛かりますがね。昔でしたら飼育が楽な運搬用の魔物もいて、冒険者の中には個人で飼うのが夢、という人もいましたね」

「え! 運搬用魔物?」

「ええ、従魔指定できる品種でワイルドホース、飛躍鳥、疾走竜などですね。一番安いものでも大金貨3枚からですね」

「……現実は甘くないですね……」

「もっと言うと、呪いの風の影響で魔力を操る動物はほとんどいなくなってしまってね……」

 なんてこった……そもそも現存していないのか。

 さようなら、移動手段。

「ほほ、今なら町中で安く家も借りられますよ」

「いえ、考えておきます……」


 少し走らせると町の広場に出る。そこには大きな馬車が3台止まっていた。

「右から食料品、日用品、依頼品の馬車ですね。せっかくですので私の仕事を見ていきますか?」

「是非」

 ベテラン鑑定師の仕事が見えるなんてラッキーだ。

 

「ベクターさんどうも」

 食料品の馬車にいたのは少々ふくよかな商人だ。

「やぁ、サンチェスさん。こんにちは。助かります。風吹きし後、同胞に救いの息吹を」

「風吹きし後、助け合いの御手を。おや? そちらの男性は見ない顔ですね」

 何やら儀式めいた挨拶が終わるとちょっとだけ警戒した眼差しで見られる。

「久しぶりに訪れた旅人のタカヒロさんです。良き冒険者ですよ。さて、今日はどういったものがありますか?」

「良い物が手に入っていますよ。こちらの小麦粉、10袋で金貨2枚」

「おや、品は良いですが、少々粉にしてからが経っていますね。金貨1枚と小金貨3枚では?」

「ベクターさん、こちらもぎりぎりなんですよ。ここはこの野菜束も入れて……」

「ではこのぐらいでは……」

 

 高尚すぎる交渉!

 なんて何をいっているのかさえよくわからない。

 だが、ベクターさんは交渉してどう安くするかだけでなく、いかに双方が納得できる点があるのかを探っているようだ。

 奥深い……。

 

「ほほ、良い取引が出来ました」

 ベクターさんは買い付けと商人ギルドからの支援品を荷に積み込む。

 手伝おうとしたら、ベクターさんは身体強化の魔法を掛けていますので、とやんわりと断られた。

 

「タカヒロさん、せっかくなので必要な物を買っていったらどうです?」

「そうします」

 大きな敷物の上には野菜や果物などが並べられ、重い物は荷台のままで値札だけ並べてあるようだ。

 今のところ困っているのは……。

「あの、固くない肉って、ありますか……?」

 サンチェスさんがちょっと笑った。

「いえ、失礼。冒険者食事キットの塩漬け肉は日持ちしますが、固くてそのままでは噛みにくいですからね。ありますよ。どれがいいですか? おすすめなのはビックファットピックのもも肉ですね」

「あとスープの素みたいなのとか……」

 肉はどんとひと固まりで銀貨2枚だそうだ。

 スープの素は冒険者食事キットに入っているスープの大入り缶が銅貨5枚。これならまだ手が出る。


「調味料とかは少々値が張りますね……」

 塩……小瓶程度で肉と同じぐらいする……。

「昔、祈りの森で取れていたカラクルの木の実は砕くと舌がピリリとして他の町でも人気があったんですけどねぇ」

 カラクル木の実、名物料理のボルボルにも入っている木の実か、しっかりと覚えておこう。

 

 山と積まれた野菜類も鑑定したくてそわそわしてしまう。

 2,3日はそのままで食べて、それ以降はビネガーで酢漬けをするらしい。

「あの、植物や野菜の種とかってありますか?」

「種? 都市に行けばありますが……今日は持ってきていないですね。良ければ一番左の馬車で調達品を受け付けているので登録してください。次の氷日に持ってきますよ」

 俺は料理もできないし、野菜類は鑑定して終わり。種が入手できたらテラリウムに植えてみよう。


 魔力が無い場所でも育てられる作物しかあまり流通はしていない様子だ。

 呪いの風の影響というのは、思った以上に広域らしい。


 依頼品用の馬車には小包に名札が一つ一つ付けられている。これが前回の注文分。

 馬車の前にいる若いサリキという商人に野菜類の種の仕入れをお願いした。

「少量でいいので種類が必要って何をするんです?」

「いやー、ちょっと試してみたい事がありまして」

「まぁ、良いですよ。もし良さそうな品種が産まれたら情報売ってください。農業ギルドに情報流すんで。特に魔力がない作物は質も量も取れにくいので、少しでも収穫量が増えればいいなってよく話題になっていたんです。種は農業ギルドに当たります。予算はどのぐらいで?」

「小金貨一枚……とか?」

「いいね。たくさん種類仕入れておきますよ」

 先払いでと言われたので、素直に渡す。

 サリキさんは口をへの字にして「いや、信頼してもらえるのは嬉しいんですけどね。もうちょっと交渉術覚えた方が良いですよ」なんて証文を書いてくれた。

 普通は先払いで頭金だけ支払うらしい。


 日用雑貨品で歯ブラシに近いものや石鹸のようなものを仕入れる事が出来た。ちょっとざらつくけれど、無いよりはいい。

 隠れ家の湯でごしごしと洗うけれど、泡立つものがあるのがとても嬉しい。

 ちょっと奮発して保温できる魔法瓶を手に入れる事が出来た。

 これで夜作業している時に温かいものを飲むことができる。


 結構使ってしまって、残りは銀貨4枚と銅貨2枚。まぁ、また稼げばいいさ。


「おや、良い買い物はできましたか?」

「ええ」

「それは良き事。都市にはもっと良い品がありますからね。いつか行ってみてください」


 にこにことベクターさんは孫を愛でるおじいちゃんの顔をしているけれど、週に一度のこの日を町の人が心待ちにしているのが良く分かった。

 買い物は楽しい。

 

 

 

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