第28話 交渉

 2階のギルドマスターの執務室は貴賓室代わりにもなっているみたいで、大きな机も、来賓用のソファーも高級品の様だ。

 普段使っていないせいか、少し埃っぽいけど。


「で? 俺の煮込み料理を止めるとは、それ相応の事なんだろうな、ベクター」

「それ相応の事ですよ。盗聴隠見防止の魔道具は発動させました。我々もここで見聞きしたものは秘匿すると一筆お書きしましょう」

「……それ機密保持の面では最上位じゃねーか。そんなヤバイ話なのかよ」

「見たらわかりますよ。タカヒロさん、先ほどの品を見せてくださいますか」

「……はい」

 やっぱり大ごとだよなぁ……。

 そっとボルボルの実をテーブルに置く。


「嘘だろ……おい……本物か?」

「本物です。傷一つない新鮮な【ボルボルの実】であると、私ベクターが保証致しましょう」

 ギルマスは震える手でボルボルの実を持ち上げる。

 匂いを嗅ぎ、俺の方を見た。

「お前、どこでこれを」

「ギルドマスター、我々にそれを問いただす権利はありませんよ。冒険者にはそれを秘匿する権利があります」

「あ、ああ。間違いない。この匂い、祈りの森にしか生えないボルボルの木から採取できるボルボルの実……7年も前に消えた実だ。これをお前が採取したのか」

 ギルドマスターが懐かしそうに実を撫でる。その思った以上に優しい手付きに万感の思いが込められている気がした。


「あの、今、拠点を祈りの森に作っていて、その、あまり深くは話せないんですけど、祈りの森の素材、まだほんのちょっとですけど、採取できる手段がありまして、もしできればギルドで採取クエストの納品をさせてもらえたら嬉しいんですけど……」

「おいおい、あの森は今は生き物が住めない危険地帯だぞ……いや、あんたも冒険者だ。何らかの魔道具で野営しているのだと思うが……この一つ以外にもあるのか?」

 俺は小さく頷くと、鞄の中からボルボルの実をごろごろと机の上に出し、癒しの薬草と回復の薬草と寒冷草の束を重ねた。

 ベクターさんは片眼鏡をハンカチで拭き、ギルマスは目頭を押さえた。


「さすがに……こんなに生えてる場所残っているはずがねーだろ……」

「引き取って貰うの難しいですか?」

「いや、言い値で買おう。そうじゃなくて……」

 ギルマスは背筋を正すと覚悟を決めたように深く頭を下げた。


「頼む。冒険者にとって採取場所は飯のタネになる重要な情報だ。教えられないというのも理解できる。だがこの通りだ。まだ森に採取できる場所……呪いの風の影響を受けていない場所があるのなら、どうか教えて欲しい。この町の存続にかかわる事なんだ」

 ぎょっとした。ギルドマスターが懇願するように願い出た。

 迷わず町の為に動けるこの人がいたから、シシリーさんやベクターさんも安心して働けるんだろうな……。


「そんな、頭を上げてください! あの、すみません。教えたいのは山々なんですが、ちょっと言えない事情がありまして……その代わりに、しばらくこの地に滞在します。定期的に、採取した素材を引き取って貰えたらって」

「この量を定期的に……おいベクター、シシリーの【目利き】だとこいつは」

「逃がすべからず。上客だそうですよ」

「ギリギリまで出せる報酬を準備しよう。あんたに口を割らせる方法はいくらでもあるが、定期的に納品してもらえる事の方が利になる」

 実力行使をされたら、それこそ俺みたいな荒事に向いていない奴は一撃だろうな……ひぇ。


「あ、報酬額はギルドボードに貼ってあった金額で」

「はぁ!?」

 ひっ! さっきよりも声を荒げられる。

「おい、ありゃ森で薬草が取れた時期の金額だぞ。今じゃ希少価値を鑑みれば値は倍以上に跳ね上がるぞ」

「あの、その代わりに! た、例えばボルボルの実を安く納品して、本物の名物料理のボルボルがまた食べられるようになったら嬉しいですし、この町の名産の回復薬ポーションがまた売られるようになったら嬉しいなって……」

 ギルドマスターが顔を覆っておいおいおいどれだけ頭にお花畑咲いてんだ……と唸り始める。

「つまりは、安価な値で定期的に売るので、まずは商業的に町で品が回る様にして欲しいってことだな?」

「う、そうです」

 はー。とギルドマスターが髪を掻く。

「ベクター、書類作成してくれ。ギルドマスター権限でリンドウギルド公認の冒険者登録にしてくれ。カードはそのまま初級冒険者の登録のままでいい。どうせ採取クエストの実績でそのうち中級にあがるだろ。冒険者タカヒロ、リンドウギルドはあんたを歓迎する。寂れた町だ。何のもてなしもできないが、この町の恒久的な滞在許可証と住居許可証、それと元S級冒険者兼ギルドマスターの俺があんたの保証人になる。出来る限りの口利きはしよう。……どうかこれからも良い取引をしてくれ」

 

 ギルドマスターから握手を求められた。

 俺はドキドキしながら手を握る。ぐっと思った以上に強い力で握り返された。


「それで? 他に何か希望があれば応えるが」

「あの、どんなものでも良いんですけど、素材とか、野菜の種とか、もし商人経由でも仕入れる事が出来たら融通してもらいたいんですけど……」

「あ? それならベクターの領分だな。こいつが裏週期にしか出勤しないのは、表週期で種の保存についての調査をしてるからだ」

 種の保存? なんてきょとりとしていると、ベクターさんの瞳が輝いた。

「ええ、7年前、呪いの風が吹き荒れた頃より多くの植物が黒く染まり元の姿を保てなくなりましたので、所属していた生態系について観測する学会が各地方に少しでも種を残すようにと働きかけていたのです。私も学会員としてこの地域の植物の種を保管しております」

 その考え方、世界中の種を残して未来に残す種の銀行シードバンクみたいなのと考えていいのだろうか。


「できるだけ多くの種類を集めたいので、助かります」

「他は良いのか?」

 ええと、他に希望……希望……あ、そうだ。


「あとはギルマスの料理が滅茶苦茶美味しかったので、本物のボルボルが食べたいです」


 ギルマスが破顔した。

「本物は舌が痺れるぐらい上手いぜ。食べさせてやるからイノリシシを狩って来い。なんてな」

「あと初心者でも食べられる料理を教えてください」


 冒険者食事キットは俺には固すぎて……なんて言えば、弟子には容赦しないぞ。なんて大きな声で笑われた。

 

 

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