第26話 再び町へ


 昨日は疲れ果てたのか糸が切れたように眠り込んでしまい、朝ぐぎゅるるっと鳴る腹の虫で起こされた。

「昨日夜食べたのって残った乾燥パンだけだもんな……お腹空いた……」

 枕元に置いてあった冒険の書をマジックバックにしまい、1階に降りる。


 顔を洗って少しさっぱりとすると、カウンターに置いてある暦表を一日ずらす。

 光神月と第二週の氷日。週に一度、町に商人が荷を卸しにくる日だ。


 次に忘れないように二つのテラリウムに魔力水を噴霧器でシュッシュと吹きかける。

 ……テラリウムにうっかり入らないようにと気を付けながら覗いたけれど、【森のテラリウム】の方にも【小川のテラリウム】の方にもなんだか見慣れない植物が生えてる。

 また何か新しい植物とかかな?

 今日は帰ってきたら小川のテラリウムを散策しようと決めて、棚にテラリウムを戻す。

 

 まずはしっかりと朝食を食べよう。

 棚の中から新しい冒険者用食事キットを取り出し、マジックバックからボルボルの実を取り出す。

 小鍋で簡易スープを作りながらボルボルの実を食べやすいようにカットしていく。

 お腹が空いているので、朝から簡易スープと乾燥パンと干し肉、ボルボルの実を食べてしまおう。

 

 俺は柔らかいのが食べたい。ということで干し肉と乾燥パンをスープにひたして食べる。

 片付けを手早く済ませて、昨日植えた薬草の状態を身にいこう。


 隠れ家の外に出れば天候も良く、散歩日和だった。隠れ家の左手の小さな園芸場に向かうと……うわ。


「半分枯れてる!!」

 はやいはやいはやい、昨日植えたばかりじゃないか!!



 慌てて近寄ると、枯れたのはA群……この森の土をそのまま活用した畑だけが全部枯れていた。

 B群……テラリウムの素材を使った土の方は枯れてはいないけれど、萎れているものもある。


 癒しの薬草 B群清水3本【状態:やや萎れている】、魔力水3本【状態:正常】

 回復の薬草 B群清水3本【状態:萎れている】、魔力水3本【状態:正常】

 寒冷草 B群清水3本【状態:枯れている】、魔力水3本【状態:萎れている】


 魔力水を掛けたほうが正常に育っているものもあれば、清水だけだと完全に枯れている物もある。

 呪いの風は魔力を奪う、って言っていたけれど、これだけ薬草が成長するのに魔力が必要なら、確かに今のままでは森の中では育たない。

 切なく思いながら、枯れてしまっている薬草を土から引き抜く。

 全部枯れてしまったA群を根から引き抜いていくと、根が薄く黒くなっていた。

 この黒いのは、もしかして呪いだろうか。

 寒冷草の枯れているものを引き抜いて根の状態を確認するが、黒ずんではいない。


「土からも呪いが浸透するのか……?」

 土を入れ替えるのはどうだろうかと考えていたけれど、この膨大な森全ての土を入れ替えることなんてほぼ不可能だ。

 ふっと手に入れた希望が遠ざかる。


「いや、まだ実験は始めたばかり。清水では萎れているのに魔力水を吹きかけた薬草は正常だ。という事は成長には土と魔力が影響してくるって事なのかな」

 もう一日様子を見てみよう。

 

 癒しの薬草 B群清水3本、魔力水3本

 回復の薬草 B群清水3本、魔力水3本

 寒冷草 B群魔力水3本(たっぷり魔力水を吹きかける)

 

 寒冷草の分布地は祈りの森の浅層と中層だ。もしかしたら癒しの薬草や回復の薬草よりも魔力が必要な薬草なのかもしれない。

 また様子を伺ってみよう。


 と園芸場の方に気を取られ過ぎて、結構時間が掛かってしまった。


 慌てて手を洗い、枯れた薬草を一つにまとめる。

 よし、町に行く準備を進めなければ。


 また隠れ家に隠匿の処置を施して、町に出発することにした。


 

【ネリギの木:レア度1:追加情報>祈りの森に生える木。家具などの木材に使われる。スキル:神秘の胃袋の所有者なら食べられる】

 

 鑑定済の素材をもう一度鑑定すると名称が分かるのが地味に嬉しい。

 森から町までは2時間ぐらいかかるけれど、こうして見ていると飽きる事はない。

 黒い木としか印象は無かったけれど、元々はボルボルの木やネリギの木だったものが呪いの影響で黒く染まっていたのだろう。


 森を抜けると草原になり、そこでも鑑定を続けて、前回来た時に採取できなかった素材を試験管に詰めていく。

 ……そう考えると試験管20本ってあっという間に使ってしまうな……。

 商人の仕入れ品や帰ってからのテラリウム散策の時の為に5本だけ採取することにした。


 少し寄り道してしまったけれど、おそらく2時間ぐらい歩いたところで町に着いた。

 町まで往復4時間はちょっと厳しいな。

 馬とか移動出来る動物は手に入るだろうか。

「なぁ、冒険の書。そういう移動できるものってある?」

『はい、女神様が【転移の詳細地図:レア度10】や【天馬:レア度9】を所持しておりましたが、良く使える魔道具でしたので持って行ってしまわれました』

 この世界を押し付けておいて慈悲がないな女神!

「うわ、そんな便利な道具があるんだ……でも使えないならしばらくは徒歩で頑張るしかないのか」

 

 町の中に入ると少しざわついていた。前は見なかった住民の姿がちらほらと見える。

 やはり週に一度商人が来る日という事で落ち着かない様子だ。

 あ、妙齢の女性がこちらを見た。

 警戒されないように手を小さく振って愛想笑いをする。

「おや、噂の旅人さんだね。商人来る日だし、よーく品物を見て行っておくれよ!」

 パチンとウインクを飛ばされるけれど……。


「噂の旅人ってどんな噂だ……?」

 ちょっとドキドキとしてしまう。


 ひとまず滞在許可証を発行してもらう為に、【ギルド兼酒場】に向かった。


 

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