第48話 生きた魚とギルドマスターから学ぶ男の料理その2
「ということで、今日のお取引はここまでとしましょうか」
テーブルの上を片付け始めたベクターさんに俺は頷く。
「えーと、金貨3枚ありますよね、こちらをカゼノシカの鞍をお願いしているマズリーさんにお支払いができそうで、ほっとしています」
「武器や防具、特殊な道具なんかは高い買い物になるからな、若い冒険者なんざ職人に頭金を払ってギルド経由で払うって方法を取るもんだが……お前さんの場合はニコニコ現金払いができそうだな」
ギルマスが複雑そうに金額を預かってくれる。
「この後マズリーさんも昼食にここに来るって言ってたので、その時に渡してもらえたらうれしいです」
「どうせなら本人に皮の質とか見てもらうか。一枚使うにしてもどの部分を中心に使うかで模様も多少変わるしな」
鞍の方もどうにかなりそうで、ほっとする。
「ギルドからの明日以降の表周期の依頼は、ベクターがいないから薬草類と鉱石類の納品は裏周期でまとめてでいいか? 代わりに魔物系の納品は一人ギルドの解体師を呼び戻す予定だから多くても構わない。【イノリシシ】は最低でも週2匹、【イノリシシ】と【モリノヒツジ】は週1匹ずつ納品してくれると助かる。ま、これもお前がうまく巡り合えたらだけどな」
冒険の書を開いて書く振りをしたら、きちんと『毎週納品希望』と記述されていった。
『え? 俺なんかやっちゃいました? という事態ですね! お約束の!』と冒険の書が嬉々として書いていたが無視をする。
どのテラリウムで生息が確認されたのか、なんて情報も入れてくれるから助かるな。
「ヤマノゴートの乳とイノリダケが揃えばボルボルを再現できる。頑張って探してくれ」
「わかりました。探してみます。あと、祈りの森って洞窟みたいなところありましたっけ……?」
行きにワールが爆走して見つけた洞穴、そこに鉱石類がいっぱいあるなら採集してみたいと思ったんだよね。
テラリウムの中に再現するにしたって、現物を見ておいた方がより立体的にイメージできると思うし。
「ああ、【祈りの洞窟】の事だろうか。祈りの森の最奥近くにある【祭壇の洞窟】は禁域に近いし。【祈りの洞窟】は初級冒険者向けの場所だな。ダンジョン化まではしていないが、ラージバッド類やファットヒル類がいたな。スライム類も二種類ほどいたが……気を付けないといけないのは奥のダークコボルトぐらいだな。で、鉱石類は鉄鉱石や銅鉱石がほとんどだが、稀に銀鉱石や赤水晶や紫水晶なども採掘できる。推奨道具はロープに帽子、あとツルハシ類か。……て、呪いの風に巻かれる前の情報でいいのか?」
「助かります」
さすがギルマス。滅茶苦茶詳しくてためになる。
「あとこれは個人的な依頼だが……もし【シュノダケ】がどこかで取れたら頼む」
「シュノダケ、ですか? 何かの素材ですか?」
「旨い酒になるんだよ」
あ、さいですか。俺も気になるからいっぱい取ろう。
ベクターさんはここで首都までの荷造りをするというので、ギルマスと連れ立って酒場に戻る。
食事は作り終えているということで、一番忙しい時間帯以降はシシリーさんに給仕を頼んだみたいだ。
酒場に戻ると先ほど工房で別れたマズリーさんがいた。
向こうも気づいてくれたみたいで、軽く手を振ってくれた。
「おいマズリー、後で解体工房に行ってくれ。見てもらいたい皮がある」
「はいはいわかったよ。もう一杯ボルボルをお代わりしたらな」
ギルドマスターだけど住民との距離が近いんだよなぁ。きっと困ったことがあったらすぐに相談に乗ってもらえるから、信頼度が違うんだろう。
「あの、ギルマス。今日も料理教えてもらうことできますか?」
「あ? いいぞ。カラクルの木の実も俺が酒場用に買い取ったからな。これを使った料理も教えてやる」
よかった。自分用にも確保していたから使い方とか教えてもらえるのはありがたい。
厨房に入ると、ギルマスが胡桃割りに使えそうな道具を取り出してきた。
「カラクルの木の実は中の種を使うんだ。外皮が固いからこうやって挟んで殻を割って、中の小さな黒い粒を取り出す。これをいくつかまとめて調理前に砕くと風味がよく出る。少しピリピリとしているが味が良い、これがまた肉にも魚にも効く。使いすぎは麻痺状態になるが、適量入れれば麻痺耐性が付く」
手慣れたように割っていき、手のひらに一山乗るぐらい取り出せた黒い粒をまとめて鉢に入れ、棒を使ってごりごりとつぶし始めた。
少し食べてみろと言われて口に含めばピリリとしたが、うまい。これは一番近いのは胡椒かな?
「ギルマス、魚の調理の仕方を教えてください!」
「まだ早い」
「あの、小さな川魚みたいな、そんなやつなんですけど」
「あのなぁ、今出回っているのは塩漬けされた魚ばかりだ。それも確かに焼けば良いがランチ用の魚ばかりでちっと余りが少ねぇ。裏周期の闇日なら次の日が市だから食材を使い切ってもいいんだが……」
「あの、実は魚を捕まえまして……」
マジックバックからまだ生きた魚と水を一緒に入れた袋を取り出すと、ギルマスが頭を抱えた。
「お前……言ったよな……不意打ちはやめろって……」
「え、あの、魚ですよ?」
「
「はー、どれも祈りの森の固有種じゃねーか。小青魚、小緑魚、長身魚にワームテール。はー、この小緑魚は観賞用或いは錬金素材だな。残りは旨い。特にワームテールは黒くて長細い魚だが、骨を適切に処理すれば美味だ」
「……やっぱり、マジックバックって生きた魚、入らないですよね?」
「基本的に生き物全般な。まじでその性能気取られるなよ。それだけで国が買えるほどの価値があるからな」
「はい……」
あははは、本当に最初にたどり着いた町がここでよかった……。
人があまりいない……言い換えると盗賊などにまったくうま味がない場所で……。
「ならその魚を釣ったと仮定して、その場で食べられる調理法から伝授していくか」
ギルマスは大きな桶に袋をひっくり返して魚を入れる。
中から小青魚を取り出した。
「まずここ、えらに刃物を差し込んで一気にしめる。ためらうなよ。で、少量の塩か、もったいない時にはビネガー酒を使ってぬめりをとり、うろこを削り内臓を取り出して、あとは竹串に刺して焼く」
「先生、捌き方が早すぎて見えませんでした!」
「次はお前がやるんだよ」
びちびちとしている魚は俺がまな板の上に乗せるとすっとおとなしくなった。一気にえらに刃物を差し込む。
うぅ……魚釣りもキャンプとかもそこまでしたことがないので緊張する。
ビネガーでぬるぬるを取り、うろこを削って……どのぐらい削ればいいんだろう。
「やりすぎると身を痛めるからな。感覚としては身を持ち上げたときに光に反射しなければだいたい取れている」
なるほど……。腹部に刃物を入れて、内臓を……掻き出し……。
「味付けは塩と先ほど砕いたカラクルを使え」
そして火で二匹をしばらくあぶる。
「で、できた……!」
「おう、昔はよく森で腹が減るとこいつを釣ったんだがな。久しぶりに食べれるぜ」
腹からかぶりつくとほろほろと身が崩れた。あああ旨い……!
横を見ればギルマスが頭からゴリゴリと食べていた。ワ、ワイルド……。
これでメニューに肉を焼くだけじゃなくて魚を焼くって選択肢も増えたぞ。
なんてほくほくしていたら。
「さ、じゃ残りの小青魚と長身魚を捌いてみろ。ワームテールの骨砕きはちょいと難しいからまた今度な。」
「え!?」
まだ桶には7、8匹ぐらいいる。これ、全部?
「あ? 一匹捌いたぐらいでマスターしたとか思っているわけねーだろうな? 料理は体で覚えな」
ギルマス、まさしくその通りですね……。
俺は必死に捌き、その日魚の炙りが酒場で提供された。
その日の料理教室の授業料は残りの魚を全部。
だけど魚の捌き方も覚えられたし、シシリーさんや心労かけまくったベクターさんも喜んでいたからいいかな。
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