第49話 祈りの洞窟
料理修行が終わってベクターさんを見送ると、丁度夕方付近になっていた。
ベクターさんに首都で紅茶やコーヒーなどに似た嗜好品があれば教えて欲しいと頼んだところ、ちょっと困った顔をされた。
なんとこの世界、あまりお茶類は発達していない。
むしろ嗜好品とかも、酒はあるけれど他は果実を絞ったジュースや炭酸水が主で茶を煮出すというのも薬草類の事ですか? なんて聞かれたほどだった。
うむむ、茶などの原料になる植物を教えてもらってテラリウムに植える事が出来たらいいな、なんて思っていたから当てが外れてしまった。
ま、酒はあるから困らないけど……朝や夜に作業の時に飲みたいものだ。
これも今後探していこう。
首都まで出ている馬車は表週期終わりの風日と裏週期終わりの雷日に出ているそう。
また後日首都まで一緒に行きますか? なんてベクターさんに誘われたけど、まだこの世界に慣れた訳でもないし、もう少しこの町で十分かなと思っている。
町の外に出てワールを呼び出す。
鞍が出来上がるまでの予備の鞍だけど、あるかないかで乗り心地が全然違った。
「首にしがみ付かなくていいのは本当に助かるな。ワール、行きに見つけた洞窟わかるか? あそこに案内してくれ」
「ビィィーー!」
ワールは走り出すと本当に速い。町から平原を抜け黒い森に入っても失速する事無く、平地だけでなく岩を飛び越える事もできるので、少し……跳んだ時の浮遊感とその後に鞍に叩きつけられるお尻がちょっと痛い。
でも手綱で方向などの調整もできるからまだマシだと思いたい。
森の中を障害物を気にせず走った為か、わりと時間を掛けずにたどり着いてしまった。
マジックバックから取り出したカンテラに火を付けて、入り口から洞窟の中を照らす。
高さがあり奥行きもありそうな洞窟だ。
……洞窟は黒い壁面で覆われ薄暗い。
【鑑定領域】を使えば【???】が沢山あって少しだけ心が躍る。
「紫紺」
「きゃふ!」
「……ビッ」
紫紺が影から出てくると、ワールがちょこっとビビる。
「頼むよ、ワール。いざという時にはお前に掛かっているんだ。一緒に付いてきてくれ」
「ビィ……」
ちょっと嫌そうだが、仕方ねぇなって感じで紫紺と一緒に付いてきてくれそうだ。
カンテラで照らしながら洞窟に入るが、どうやら壁がすべて黒ずんでいるようだ。
【鉄鉱石:レア度1:追加情報>鉄を含んだ鉱石。精製すると鉄になる】
呪いの風は魔力を含む素材を全て黒くしてしまう。壁に触れるとぼろっと崩れた黒い塊も、昔は鉄鉱石や銅鉱石だったのだろう。
知らない素材を確認したらツールの中から取り出したミノで少量削って試験管の中に。
紫紺は足元で俺の為に警戒していてくれるようだ。ワールは、数歩後を付いてくる。
「もう少し奥まで行けるかな?」
洞窟の入り口の光が見えなくなるのは少し躊躇ったが、この先にある鉱石なども見てみたい。
洞窟の中は湿っていてちょっと息が苦しくなる。
いや、息が苦しいというか、閉塞感で苦しいのか。
カンテラの灯りがぼんやりと周りを照らす。
生き物がいないという事はわかっていても、なんだか暗がりに何かいそう。
「きゃふ、きゃふきゃふ!」
テッテッテッと紫紺が軽い足取りで洞窟を先導してくれる。
怖くないのかな? いや、もしかしたら闇に耐性がありそうだし、俺と見えている景色が違うかもしれないな。
「ビィィ……」
ワールはちょとへっぴり腰なのか。わかる。わかるぞ……。
分かれ道は【鑑定領域】で反応が多そうな方を選ぶ。
【銀鉱石】や【赤水晶】も鑑定して採集することができた。
洞窟のテラリウムを作る時にはぜひそれらも入れておこう。
開けた場所にたどり着く。
どうやら洞窟の最奥に来る事が出来たみたいだ。この先には道はなさそう。
下に降りる場所があって、覗き込めば湖があった。
壁に手を付きながら、スロープ状になっている部分を降りていく。ワールは大きいから少しだけ上でお留守番。
俺は紫紺を服の中に入れると壁に片手を付きながらゆっくりと、じりじりと下がっていった。
「きゃふっ」
紫紺はぴょこりと襟から顔を覗かせる。
く、顎とか首に紫紺のふわふわな毛が触れる。……少しだけこの温かさに救われる。
しばらく螺旋状に降りていくと、湖に触れそうな所まで来る事が出来た。そこには少しだけ横穴があり、黒ずんだ何かが配置されていた。なんだろう、これ。
鑑定すると【朽ちた女神像】と表示された。
困った時の冒険の書。しゃがんでカンテラで照らしながら冒険の書を開く。
『祈りの洞窟の最奥であるこの場所では、ヒカリコケやヒカリダケ、その他結晶類で満ちていて、天井は星空と見間違うばかりの美しい場所でした。その天井の光が湖に反射し、魔力が満ちる際には精霊の欠片も生まれたほどです。この横穴は女神を祀るための祭壇として機能し、人々は祈りを捧げていました』
「それは、とても美しい景色だったんだろうなぁ」
在りし日の祈りの洞窟に想いを寄せる。
きっと、この世界はそんな美しい場所が幾つもあったに違いない。
「さ、もうそろそろ帰ろうか」
「きゅ!」
またそろりそろりと登り、ワールのいる場所まで戻って来れると少しほっとしてしまった。
ワールがぐいぐいと俺の背中を鼻で押す。
もしかして……。
「ワール、もしかして入口まで乗せていってくれるのか!?」
「ビィィ!」
ありがたい。ワールに乗っても十分なほどの高さがあるので、カンテラで照らしながら戻れるかもしれない。
紫紺を服の中に入れたまま、ワールに乗る。
「さ、後は帰るだけだな。ワール、帰り路頼んだぞ!」
「ビィィーー!!」
追伸、ワールは暗い所が見えないらしく、結局カンテラでゆっくりと前を照らしながら帰った。
俺が歩くよりは早いけど、そんなに速度は変わらない。
……うん、歩くよりは疲れないって事で良しとしよう。
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