第50話 め、女神? おい、女神??


 祈りの洞窟から出ると、辺りは夕暮れに近い時間だった。


「ワール、この明るさなんだけど、まだいけるか?」

「ビィーー!!」


 わ、広い森に出たからか、ワールがいきいきしている。

 そのまま家に向かってもらうと程なくして家にたどり着いた。


「鞍や手綱があるだけでこんなに違うのか……。滅茶苦茶楽だな」

 家の前でワールを降りる。馬とかだと普通は手綱をどこかに結んだりするのだけど、ワールはそのままにしていても逃げたりはしなさそうだ。


 家に戻って手洗いうがい(紫紺の前足や後ろ脚も布で拭った)をしてから、食器棚から紫紺のお皿を取り出して清水を入れ、しゅしゅっと魔力水を噴霧した。

 紫紺が尻尾を振りながら飲んでいる間に、食器セットを取り出し、「家族が増えました」なんて手を合わせて開けば、ワール用のお皿と水皿が中に入っていた。家族認定本当に助かる……。

 水皿に清水と魔力水、餌皿には自分用に残していた薬草やボルボルの実を入れて、家の外で待っているワールに差し出す。

 やはり駆けてお腹が空いていたのか、勢いよく食べていた。

「よく頑張って駆けてくれたな。明日も頼むよ」

 

 ……返事はない。食事に夢中の様だ。

 しっかりと食べ終わったのを確認すると、ワールが俺の胸元に頭突きを喰らわすので、おそらく笛に戻せと言っているのかな。

 笛を吹くと中に吸い込まれていった。


 さ、後は夕飯かな。

 なんて家の扉を開けば、扉付近まで紫紺が迎えに来ていた。

 出会った時は数秒目を離すだけでも狂乱状態だったので、少しマシになったのかな?

 紫紺を足元にじゃれつかせながら台所に戻る。


「今日はイノリシシのお肉にしような」

 先に調味料のカラクルの木の実を砕くことにする。

 ギルマスが使っていた砕くための道具を脳裏に思い浮べながらツールセットを開くと、そこにきちんと用意されていた。

 これも女神がくれた初期装備だけど、本当に便利。


 椅子に座って、黙々とカラクルの木の実を砕いて中の黒い種を取り出していく。

 なんだかこういう単純作業が癖になる。

 紫紺? 大人しく俺のお膝の上で眠っているぜ。


 黒い種だけを袋の中に入れてゴリゴリと砕いていく。これを入れる小瓶も今度買い足さないとな。

 さ、今日のメインのイノリシシのご登場。

 マジックバックから【シシ(腹肉)】を取り出して油紙を捲ると、脂身がしっかりと付いた高級肉っぽいのが出て来た。

「え、これ滅茶苦茶良い肉なのでは?」

 せっかくなので厚めに切ってしまおう。

 なんと3cmもの厚さの肉に切ってしまった!! これにビールを合わせたら最高なのでは??

 紫紺のは食べやすいようにサイコロ状に切る。

 切り取った脂身をフライパンに乗せて脂を溶かす。

 そこにシシ肉を投入すると、じゅわわわっといい音がした。


 しっかりと焼きながら、砕いたカラクルの実を振りかける。

 美味しそう。

 紫紺用の肉もしっかりと焼いてカラクルの実で味付けをして餌皿に盛る。

 その間にギルマスの所で買ったお徳用のパンも窯で温めておくことも忘れずに。

 この家の不思議な効果なのかわからないけど、窯も火も使いたい時にはすぐに温まる様になっている。

 窯があるって事は小麦みたいなのが手に入ればピザも焼けるかもしれない。楽しみだな。

 

 さ、料理をテーブルに乗せ、無限に出てくるビールをボトルからグラス注いで、準備は万全。

「いただきます!」

「きゃふ!!」


 熱々の肉をナイフで切り……切り……。

「え、これ、固くない!?」

 先ほど包丁で切った時には問題無かったのに!!

 ギコギコとしながらやっと切り取り、一口食べる。

「う、旨いけど獣臭い……」

 味は最高に美味い。肉汁がじゅわっと溢れ出てくる。だが、固いし少し匂いがキツめ。

 紫紺を見れば嬉しそうに食べていたから良かったけど……。


 ぱらりと冒険の書を見ると、次のように書かれていた。

【イノリシシ:食べると美味。しかし火を入れると肉が固くなるため、下処理が必要。なお、獣臭い匂いについては寒冷草と一緒に焼くと香りが変化し食べやすくなる】

 ……ギルマス、肉は焼けばいいってものじゃないんですね。

 今度食べたか教えてもらおう……。


 だが、しっかりと焼いた為にお腹を壊すなどの心配はなさそうだ。……まぁ俺腹痛無効だけど。


 お皿を洗ってお風呂に入り、寝る支度まで済ませたら、後は俺の作業の時間。

 お湯を注いだボトルを持って書斎に向かう。


「さー、今日は何を作ろうかな。やっぱりさっき見た洞窟を生かして【山のテラリウム】かな。これ、手前から見たら山だけど、反対から見たら洞窟の最下層を再現出来たらいいなぁ。湖と祭壇、そして天井に結晶を貼り付けて、ライトを仕込んで湖に反射できるようにしたり」

 実物を見た為か、テラリウムの構想がむくむくと湧いてくる。

 

 箱庭の球体を取り出してテラリウム作成に入ろうとしたところ、パンっと破裂音と共に空からひらひらと紙が降ってくる。


 ……これは、おそらく女神のメッセージか?

 呪いの風からずっと何も反応が無かったから、もしかしてその後の反応か何かだろうか。

 いきなり世界に現れた女神の欠片に、膝の上でうとうとしていた紫紺が唸る。


「女神からの伝言……なんだろう」

 変わり始めた未来について、だろうか。


『この前のハウスキット製作の手際を見てたんだけど、貴方手先が器用ですよね? 作ってもらいたいキットがあるんですけど』


 め、女神……。おま、全然関係ないことじゃないか……。


 無視して作業を始めようとすると、パンっと再び空気が震えて紙が降ってくる。

『毎週少しずつ送られてくる創刊神様ハウスキットを頼んだんだけど、作るの飽きちゃって。代わりに作ってくれると助かるんだけど!』

 

 め、女神? おい、女神??

 毎週送られてくるハウスキットって……まるで全100巻買うとパーツが揃う雑誌のような……。


『お願い! 出来上がりがすごく良さそうなんだけど、ちょっと量が多いのよね。代わりに作ってくれないかしら?』

「や、テラリウム作りのほうが楽しいです」

『え? 私のお告げを無視するんですか? ね、そういうの作るの得意でしょう?』

「人の労働力を搾取する方の手助けはしたくありません」

 俺はこの世界に来る前に地味って言われた事忘れてないからな。


『うーん、それじゃ作るのを手伝ってくれたら、その報酬に神様通販から好きな道具を贈るのはどうかしら』

「通販するんだ、神様……それってマジックバックやお酒の無限に出てくる水筒や体力魔力持続回復効果のある無限おつまみとか?」

『そうそう、今回溜まっている2週分のキット送るので、それを作ってくれた報酬に、ええと【何でも切れる断罪の剣】、【魔力が湧き出る水晶】とか』

「物騒なのはちょっと……」

『えーと、日常に役立つ……魔道具【無限:高級茶&高級珈琲セット】とかは?』

「任せてください」

 

 即答してしまった。いや、だってお茶や珈琲、しかも無限だよ? 神様仕様なら絶対に良い品なはず!

『丁寧に作ってね、よろしくね!』

 と紙が消えると同時に目の前にパーツごとに作れる神様ハウスキットが二冊現れた。組み合わせると豪華な神殿の模型になるらしい。


 め、女神……。

 人への頼み方ってものが……と思いつつ、息を細く吐く。

 まー仕方がない。細かなキットを組み立てるのは俺も好きだ。報酬の為に頑張ろう。

 

「えーと、最初のパーツは初回特典の神殿のオブジェ、立体ステンドグラス付き……。うわ、封は開けてあるけど本当に途中で飽きたんだな。1パーツだけ接着して後は放置かよ」

 箱を開けるとパーツを頑張って接着した跡が残っているけど後は諦めたのか乱雑に袋に全部突っ込まれている。

 め、女神~~!!

 箱に入っていた組み立て説明書を見てパーツを確認して、一緒に入っていた接着剤や紙ヤスリなどを使って作業を行うことにした。


 最初はガラス片を丁寧に接着してステンドグラスを三枚作り、教会の窓に貼り付ける。

 神殿の部分には女神像の小さな模型が入っていたのでそれを台座にセットする。

 割と簡単にできてしまった。

 二つ目は神殿の壁面のパーツその1って感じで、花瓶に造花をセットしたり、燭台を置いたりなど細かな作業をピンセットで丁寧に行う。

 これで神殿正面のステンドグラス窓、右壁面のが完成した。

 ……これ、もしかして3号4号とパーツを付け足していく奴なんじゃ?

 

「貰った分はできましたよー」

『ありがとう! また裏週期の雷日の夜に次の巻号を送るのでよろしくね!』

 あ、これ毎週やるの!?

 そう思った後パンっと破裂音がして、机の上に取っ手が付いている木製の大きめの箱みたいなのが現れた。

 

「え、これが報酬?」

 中身が気になったが、まずは机の上が物で溢れているので片付ける。

 とりあえず神様からの預かり物なので、創刊号と2号の二冊は書棚に置き、平らな物が納められる戸の中に作りかけの神殿の模型を納めた。

 机に戻ると紫紺が興味深そうに箱を軽くつついていた。

 

 木の箱は留め金を外すと左右に観音開きになるようだ。

 右側には紅茶のティーバックが紙製の袋に入っていて、アールグレイやダージリンなどの見覚えのある茶葉から見慣れない茶葉もセットされていた。

 左側は珈琲の豆が袋に入っている。豆挽き用の細長い手動のミキサーとコーヒーのドリッパーとサーバーも中に入っていて、珈琲豆が無くなると自動で別の豆が補填されるみたいだ。

「ほ、本格的なセット来た……これでいつでも珈琲と紅茶が飲めるぞ……」


 女神の依頼品を作るだけで夜も更けてしまった。今日はテラリウム作りは無しかな。


「でも明日の朝は挽きたての美味しい珈琲が飲めるな……楽しみだ」


 パチンと木箱を閉じると眠る事にした。

 

「紫紺、今日もまた家族が増えたり色々とあったな。おやすみ、良い夢を」

「きゃふん」


 明日は何をしようか、なんて。

 なんだかんだいって、この世界を気に入っている自分がいた。

 

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