第12話 祈りの森亭の名物料理
パチンっとウインクした屈強なバニーガールに意識が全部持っていかれたけれど、机の上に広げられたのはこれ本当にランチ? というような料理の山だった。
まず前菜のサラダとサラミみたいな薄い肉の盛り合わせが大皿で来ていた。
レモンピールみたいな細切りのもサラダにはかかっていて、一緒についてきたドレッシングみたいなのを匙で掬って入れるみたいだ。
そしてぐつぐつと煮えたぎる深皿に入っていたのは見た目はビーフシチューやボルシチみたいなシチュー。スプーンでひと匙掬うとごろりと肉の塊が入っていた。シチューよりも具の方が多いんじゃないかなって感じのボリューミーさだ。
これに籠の中に焼きたてパンが山盛りで入っている。
え、このパン複数種類たっぷり入っているけど、お代わり自由なの!?
周りをみるとちらほらと普通のABランチだけでなく、同じ祈りの森亭ランチを頼んでいる人もいて、パンをちぎってシチューに浸して食べている。
きゅるるるっと昨日今日とおつまみしか食べてない腹が返事をした。
異世界でのはじめてのご飯……いただきます!
まずはスプーンで掬ったものをひとくち食べる。
「!!」
美味しい……なんだこれ……肉の旨味がぎゅっとしていて、温かくて身に染み渡る……。
ボルシチに近いような、もっと芯から温まるような、そんな不思議な料理だった。
もうひと口と食べ進める。
ここで周りの人と同じように、籠からまだほかほかしているバケットみたいな細長いパンをちぎってシチューに浸す。
そしてかぶりついた。
「んんーーーー!」
このパンにめちゃくちゃ合うじゃん……。食のマリアージュかよ。
いや、もう少しよさげなことを言いたいから誰か気の効いた言い方教えて。
山盛りサラダにも手をつけようとしてドレッシングを掛けると、どうやらナッツ類の匂いがした。
食べると野菜の旨味がぎゅっと前面に出てきた。
レモンピールみたいなのは食べるとほんの少しだけ舌先がぴりりとしてビックリしたけれど、それがアクセントになってなんだか次に次にと食べてしまう。
パンよりも先にシチューが無くなってしまうのが切ない……と思ったら、酒場カウンターの近くの席に大きな鍋がドンと置かれていた。
同じランチを頼んだ人がそこでシチューのお代わりをしている。パンは……カウンターに行くとマスターが空の籠と引き換えに奥で焼きたてパンを詰めて渡してくれるみたいだ。
え、ちょっと大盤振る舞い過ぎないか!?
いそいそとシチューのお代わりに行く。
大鍋の下には何か鉄板が敷いてあって、そのためかシチューはぐつぐつと煮だっていた。
「ね、旅人さん。おすすめだって言ったでしょう?」
酒場のカウンターにいたシシリーさんがにやにやと笑いながら聞いてきた。
「ああ、本当に……祈りの森亭ランチにしてよかった」
「ふふ、このボルボルって料理はね、この地域の名物なのよ。温かくて寒冷耐性+1が付くし、イノリシシの肉は滋養強壮に良くてね、魔力持続回復効果がついているのよ」
「え!? 料理でそんな効果があるんです!?」
は、なにその
「祈りの森に出る魔物の中には魔力吸血コウモリや氷結攻撃や麻痺攻撃をしてくる奴もいるからね。耐性付くようにしているのよ。サラダの中にピリピリってする麻痺の実を削った物が入っていたでしょう? あれも麻痺耐性+1が付くようになっているのよ」
あ、あのレモンピールみたいなやつ、あれが麻痺の実か!
「だから、祈りの森へ魔物討伐や採集に行く冒険者たちは、森に入る前にこの町の料理屋で名物を食べてから行ったのよね。ほんの数年前までは、ボルボルを提供するお店も多かったし」
「知らなかった……名物料理ってそんな役割もあるんですね」
「ええ? 冒険者さんたちの当たり前じゃないの? その土地の名物料理を食べるのは、その土地のダンジョンや森に入る前の準備の一貫だと思ってたわ」
「はは……いやぁ。旅を始めたのは最近でして……」
苦しい言い訳しか出てこない。
「まぁ、今お出ししているボルボルにはそんな機能がないんですけどね」
「へ?」
「……ボルボルの素材の寒冷草にイノリシシ、その他入っている薬草も全部祈りの森で取れたものなのよ。今は草地は黒く染まり生き物が生息できない呪われた土地になってしまったので、すべて失われてしまったのよね。だから今は代用の素材で作っているの」
「あ、そうか……あそこで取れた食材で作っていたから、耐性が付くのか……」
「そういうこと。耐性があるから、その環境でも生きていけるからね。この町の人達はその恩恵をお借りしてずっと生きていたのよ」
「なるほど……」
祈りの森とこの町の関係って密接だったんだなぁ。
「うちのマスター料理スキルがLV10でね。少しずつ調整しては元のボルボルの味に近づけようとしていたのよ。でも、本物はもっとすごいのよね……」
この本来の素材を使っていなくてもこれだけ美味しいのだから、本物はもっと美味しいだろうなって思うと、食べられなくて残念に思う……。
本当のボルボル……しかも料理スキル持ちのマスターが作るボルボルを食べてみたかった……。
「こらシシリー。語るのはいいが、食事の邪魔をしてはいかん。料理は温かいうちに食べるものだ。旅人を離してやれ」
「はぁい……」
料理を持ったマスターにシシリーさんが怒られてしまった。
「麻痺の実は取れる地方から取り寄せているからな。サラダの麻痺耐性は付いているはずだ。ま、この世界で魔物に合うなんて危機はそうそうないがな」
「あ、そうなんですね」
「あぁ、せっかくなんだ。まだパンは焼いている。ボルボルも無くなるまでお代わり自由だ。せっかくだから名物料理を楽しんでくれ」
俺はお代わりのボルボルを持って、再び食事を再開することにした。
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