第9話 祈りの森の町リンドウ


 念願のはじめての町……は寂れていた。

「う、せめて食事だけでも……お店とか……宿屋とか……せめて酒場があれば情報調達とかもできるのか……?」

 

 小さな町ながらも道は整備されていた痕跡があり、家や建物は軒を連ねている。

 だが、打ち捨てられたような廃屋や閉まった店ばかりが目に入る。

 

 看板の文字を頼りに進んで行くが、宿屋さえ廃業の字を見た時には軽く絶望した。

「うそだろ……パン屋や総菜屋も全部しまってる……あっ!! 見つけた! 一つだけやってる店がある!」

 寂れた町で唯一開いていたのは【ギルド兼酒場】の看板のみ。

 俺は恐る恐るそこに足を踏み入れた。


「ようこそ祈りの森の町、リンドウへ」

 よかった。言葉が本当に通じた。

 カウンターで出迎えてくれたのは金髪緑目の可愛らしい女性だった。

 店内は手前から酒場のカウンター、ギルドカウンター。奥に素材屋、相談所が並び、酒場らしく幾つも丸テーブルが並んでいた。

 また客席から見える位置に大きなボードがあり、そこには風化しそうな紙切れが幾つも並んでいた。もしかしてギルドの依頼書みたいなものかもしれない。

 

「あの、この町に来るのは初めてで……この酒場って食事も取れるでしょうか?」

「外からのお客さんは本当に珍しいですね。この町で機能しているのはこの酒場ぐらいですので、食事の注文はここで承りますよ」

「ちょっと持ち合わせが乏しく、鉱石などを換金したいのですが、ここってできる場所ありますかね」

「えーと、それでしたら素材カウンターで丁度今日鑑定スキルを持つ職員が出勤予定ですので、そこで換金できますね。あと、一応その隣の相談所がこの町の入出の処理もしているので、一度受付してもらってもいいですか?」

 相談所で入出処理……それって役場や検問の役割じゃないのか?

 そんな疑問が顔に出てしまっていたようだ。

「あーと、その……国から派遣されていた役所の職員が逃げてしまって……仕方がないからここで一活で処理できるようにしているんです」

 カウンターの女性も半笑いだ。

「あの……お尋ねするのは心苦しいんですが、なんで……この町こんなに寂れているんです?」

「あ、そこからお話するとですね……この地域は呪いの風の影響を酷く受けてしまって……東に大きな森があるでしょう? あの黒い森。昔は緑豊かな森で、魔力が浸透していて貴重な薬草が採取できる場所だったんですけど、今は薬草どころか生物も生息できない黒い呪いの森になってしまって……。この町は森から取れる素材や薬草の加工が主要産業だったので、回復薬ポーションとか状態異常回復薬キュアポーションなどが製作できず、人の流出が止められなかったんです。……」

「呪いの風に、人の流出……」

 いや、森から素材が取れないだけで、だけでここまで寂れる?

「いや、だって農作物も呪いの風の影響で壊滅的じゃないですか。もう被害の少ない地域に行くしか方法が無くて……」

「えっと、この酒場やギルドで働いている人はどうやって生活してるんですか?」

「商業ギルドが週に一度ここみたいにギリギリ踏みとどまっている町に食料を送ってくれるんですよね。じゃなかったらさすがに生きていけないですね」

「えっと、すごく大変ですね……」

「死活問題ですから。この町を放棄しちゃうと次の町まで結構距離が開いてしまうので……。旅人さん、本当に呪いの風の影響が少ないところからいらっしゃったんですねぇ」

「あはは……」

 こういう時にはチュートリアルの書は助け舟となるようなテキストを打ち出してはくれない。

「それでは旅人さんの滞在記録についてはまとめておかないといけないので、奥の相談所までお進みください」


 にこっと微笑まれて奥のカウンターを指さされる。

 奥まで進むと、カウンターの中を通って来たのか、先ほどの女性が相談所の前に立つ。

「あ、相談所も貴方なんですね……」

「人手不足でして……それではお名前と職業とこの町の滞在理由などを教えて頂けますか?」

 自分で書くのかなと思ったら、代筆してくれるみたいだ。

 もしかしたら識字率はそこまで高くない世界なのかもしれない。

「えーと、名前はタカヒロ、職業は旅人……? 滞在理由は食事や食料品の調達です」

「はい、この町の滞在許可証を発行しますので、店などではこちらを提示すると少しだけお安く買い物が出来ます。この町を出る時にこの相談所カウンターで許可証をご返却ください」

「えっと手続きはこれだけ?」

 

「あはは。正規の役場が開いている時には中央からの資料と照らし合わせもしていたんですけど、今はそこまで詳しい事はできませんよ。あ、ついでにタカヒロさん、冒険者ギルドには入っています? 素材カウンターで資源を取引する時にはギルドカードの提示で少し高く買い取りしてもらえますよ」

「えっと、今から入る事ってできます?」

「あ、できますよー。こちらの紙が申請書類なんですけど、ジョブは戦闘系……には見えませんね……素材採取系プロキュアメントですか?」

「え、はい。そうです……」

 非戦闘員で素材採取はしている。うん、それで間違いないと思う。

「登録料は銀貨2枚なんですけど、後で換金時にその金額だけ差し引かせてもらいますね。あー、もし金額が登録料に満たない場合は特別サービスで分割もできますので言ってくださいね」


「あの、ものすごく親切にしてもらっているんですが、その、初めての旅人をこんなに信用してもらって大丈夫なんです?」

 本当はこんな事言っちゃいけないかもしれないけれど、そこが少しだけ気になる。


「あははっ悪人は自分からそういうことは言わないですよ。それに一応町に入る時に警報装置ブザーの魔道具で過去の犯罪歴のチェックはしていますし、私自身が【目利き:対人・対物】のスキルを持っているので、外さないです。むしろ私の直感では良い金を落としていってくれそうな人なので逃すな、って感じですかね」

 あ、そうなのか。しっかり【目利き】されていたのか。

「この寂れた町にお客さんなんて3か月ぶりですからね。ゆっくりしていってください」

 本当に外から来る人間が少ないんだな……。


「なんです。旅人なんて珍しいですね」

 なんて話をしていると、素材屋のカウンターの奥にある扉から一人の男性が現れた。

「ベクターさん。久々のお客さんですよ」

 

「ほう、ようこそ祈りの森の町、リンドウへ。珍しい素材や種なども買い取らせていただきますよ」

 素材屋らしい片眼鏡の学者のような男性が深いお辞儀をした。

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