第29話 もし出会い方が違ったら




“薫さんのおバカぁああああああっ!”


「お、おう……すまん。わざとじゃないんだぞ?」


 優にバレた。巧みな誘導尋問――というにはいささか俺がポンコツすぎるのだが、優が一つずつ服の名称をあげていき、俺の反応をうかがうという手法で玲が俺に要求した服が彼女に伝わってしまった。


「なるほどねぇ。じゃあ玲お姉ちゃんはいま、ぶかぶかな市之瀬くんのシャツを着ているわけね」


「だな。いま気づいたけど、これは『彼シャツ』ってやつじゃないか? 残念ながら俺はまだ玲の彼氏じゃないから、この呼び方は適切じゃないかもしれないけど」


 ラノベとかで見たことがある気がする。というか、表紙絵とかにもなっているぐらいメジャーな服装だ。現実とフィクションの違いのせいでぱっと出てこなかったなぁ。


「ふふっ、別に『彼シャツ』って言ってもいいんじゃない? 玲お姉ちゃん、たぶん嫌がらないわよ?」


「そうなのか?」


 問いかけながら、俺と優の周りをくるくるとメリーゴーランドのように回っている玲に聞いてみる。彼女はその場で停止してから“ま、まぁ、呼び方は薫さんの自由じゃないですかね?”と若干挙動不審になりながら言った。


 気にしていないと言いつつ、ちょっと恥ずかしそうに見えるな。


 気にしているなら止めとくか――いや、待てよ。これはもしや、さっき玲が言いかけていた『形から入る』ということに通ずるのではなかろうか。


「もしかして……玲が言っていた『形から入る』ってのはこういうことか?」


 そう聞いてみると、彼女はコクコクと二度頷いた。どうやら正解らしい。


“そ、そうですね! これは正直あまり考えてなかったんですけど……こんな風に、恋人だったらこういうことするよね――みたいなのを増やしていけたら、私と薫さんの距離も自然と縮まっていくと思うんですよ!”


 玲の言葉をなるほどなるほどと聞きつつ、今あった会話を優に説明する。すると彼女は、うんざりした表情で玲がいる方向に目を向けた。ため息もプラス。


「玲お姉ちゃん、ヘタレね。これだけ市之瀬くんがアピールしているっていうのに」


“な、なんのこと!? 私の対応はいたって普通だけど!?”


「まぁまぁ、そう言うなよ優。たまたま俺の恋心は芽生えるのが速かったけど、みんなペースが一緒ってわけじゃないんだ。俺はじっくり、時間をかけて玲に好きになってもらえたらいいと思ってるよ」


 むしろ、玲に今無理やり答えを出させようとすると、振られる可能性だって当然あるのだ。


 もしくは、成仏のために嫌々了承するということもありうる。だから、返事がもらえていないこの状況は、俺にとっても安心ではあるのだ。


 いつか、彼女から気持ちを伝えてもらえたら、それが一番なのだ。


 俺の言葉を聞いて、玲はほっと胸をなでおろす。優はというと、「ふーん」と面白いものでも見るように俺のことを見ていた。


「なんか、お姉ちゃんが羨ましいわね。別に私は市之瀬くんのことが好きってわけじゃないけど、こうやってストレートに気持ちを伝えてくれる人がいるっていうのは、きっと嬉しいことだわ」


「まぁ、玲が俺のこと嫌いじゃない――どちらかというと『好き』に寄っていて、なおかつ恋人がいない状態ってことが前提だけどな。それに、こんなこと普通にやってたらからかわれるだろうし」


「じゃあちなみに、もし玲が同じ高校に通っていたら、同じように言ってた?」


 笑いをこらえるように、優が言う。ちなみに玲は真っ赤にした顔を手で覆い隠そうとしていた。


「言ってたな。たぶん、我慢できなかったと思う。そしてクラスの奴らとかにからかわれて、玲に申し訳ないって気持ちが強くなってただろうなぁ」


 そう考えると、やはり俺と玲の今の関係は、とてもいいものだと思う。


 そしておそらく独占欲の強いであろう俺としては、この状況は願ったりかなったりなのかもしれない。玲にとってどうのかは、知らないけども。


「あのさ、玲は俺と生きてるときに会いたかった? それとも、この状況で会えてよかった?」


 気になったので聞いてみた。すると彼女は、困ったように笑い、口を開く。


“そんなの、生きてる時に会いたかったに決まってるじゃないですか。死んでよかったことなんて、ほとんどないですよ”


「……そりゃそうだよな。すまん、ちょっと軽率だった」


 反省。いつもポジティブな玲にこんなことを言わせてしまって、本当に申し訳なく思った。


 幽霊が見えて触れるということで、人が死ぬということを、俺は一般人よりも特別視できなくなっている。そりゃもちろん、成仏してしまう幽霊がほとんどだけど、こうやって死者と対話していると、相手が死んでいるという実感が薄れてきたりするのだ。


“――だけどですね、『ほとんど』という言葉を使ったように、良いこともありました。こうして、薫さんに会えましたから”


「……だけど、生きてる時に会いたかったんだろ?」


 少し弱弱しくなってしまった声量で、玲に問う。彼女は目を瞑って首を横に振った。


“もちろんそうです。でも薫さん、たぶん生きている時に私に出会っても、仲良くなってくれなかったと思いますよ? だからこの出会い方で、良かったのかなとも思ってます”


 たしかに、学校に玲がいても、俺は声を掛けなかっただろう。幽霊が見えるということを、隠し通すために。変な奴だと思われないようにするために、距離をとっていたはずだ。


 好きになっていただろうけど、想いを伝えることはなかったかもしれない。


「じゃあつまり、玲は俺に好きになってもらえて嬉しいってことか」


“んぇ!? そ、そんなこと言ってないですよ! なななにを言ってるんですか薫さんはっ! おバカ!”


「――ははっ、冗談だって。まぁイフの話なんて考えても仕方がないか」


“もぉ~、じゃあなんで言うんですか……”


 玲は俺の背後にふよふよとやってきて、不満を伝えるようにわしゃわしゃと俺の髪の毛をいじる。一瞬にしてぼさぼさになってしまった。


 そして俺たちのやり取りを静かに見守っていた優は、ぽつりと「……甘いわね」という言葉を漏らしたのだった。彼女には俺の声しか聞こえていないはずなのに……なんとなく雰囲気でやり取りがわかっちゃったんだろうなぁ。


 あー恥ずかし。

 

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