第15話 接触不可避




“ねぇねぇ市之瀬さん”


「どうしたー?」


 スマホでパズルゲームをしていた俺に、玲が声を掛けてくる。


 先日の小説投稿の一件で、なんだか玲との距離が縮まった気がするんだよな。今も俺の隣に当たり前のように座っているし――接触する時間が長かったからだろうか。


“私、思いついたんですよ”


「ほう、やり残したことか?」


“んー……『やり残したこと』って言うよりも、市之瀬さんの身体を触れるってことで、他にもやれることがあると思ったんです!”


 ……他になにかあっただろうか。


 実は小説投稿をした日の夜に、俺のスマホと指を貸して、このアパートの住人と玲がチャットを送りあう――なんてこともやってみた。


 これは意外とみんなから良い反応をもらえたのだが、欠点としては、玲のプライバシーが担保されていないということ。俺がその人とチャットのやり取りをするときに、どうしても履歴は目に入っちゃうからな。


“お手紙を、書きたいですっ!”


「……どうやって?」


“市之瀬さんがペンを持って、私がその手を操れば、きっと私の筆跡でお手紙を書くことができるはずですっ! みんなが感動の涙を流す姿がありありと見えますね!”


「……無理じゃね?」


 絶対文字がぐちゃぐちゃになるだろ。筆跡どころか、赤ちゃんが書いたみたいな文字になりそうなんだけど。


“まぁ物は試しです! ちなみに、市之瀬さんは何かお手紙に使えそうなカードとか持ってますか?”


「俺が持ってそうに見えるか?」


“全く見えませんね”


「じゃあ見た目通りってことだ。ノートの切れ端とかじゃダメ?」


 俺がそう言うと、彼女は一瞬答えに詰まる――が、すぐに“それで大丈夫です!”と元気に答えた。ま、とりあえずは書けるかテストするところからだなぁ。


「じゃあノートとボールペン持ってくる。さすがにシャーペンだと薄くなりそうだし」


“了解であります! 市之瀬さんありがとうございますっ!”


 玲はビシっと敬礼をして、寝室に向かう俺を見送る。

 さてさて、彼女の言う通り、本当に筆跡なんて判別できるようなものが書けるのかねぇ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ローテーブルの前で胡坐をかき、手にボールペンを持つ。

 ちぎったノートの紙を前にして、俺は冷や汗を流していた。心臓の鼓動も、いつになく速い。緊張しているのだ。


“うーん……どうやったら書きやすいんでしょう”


 玲は俺の右側に座って手を握ったり、左側から手を握ってみたり、正面から持ってみたりと色々試していた。俺はされるがまま、心を無にしている。


 これはまだマシなんだよ。だけどさぁ……書きやすさを重視するとしたら、にならざるを得ないんじゃないか? それを考えると、冷静ではいられないんですけど?


“――はっ! わかりましたよっ!”


 しばらく俺の周りを飛び回っていた玲が、俺の背後に回ってくる。そして、俺の背中に密着するように体をくっつけて、右手を握った。


 背中には当然、やわらかな二つの物体が押し付けられる。

 本人はおそらくそんなことを気にしてはいないのだろう――暢気に“ここが一番書きやすいですね!”と楽しそうに俺の耳元で口にしていた。


“あっ、……もしかして、嫌でした?”


 体を強張らせていたことがバレたのか、玲は俺から離れて、しょんぼりした口調で言う。

 嫌ってことはないんだよ……恥ずかしくて死にそうなだけで。


「……別に、嫌じゃねぇよ」


 むしろ『ありがとうございます』なんだが、そんなこと言えるはずねぇだろうがボケ。


“そうですかっ! じゃあオッケーですねっ!”


 ルンルンというオノマトペが良く似合うテンションで、彼女は再度俺に密着。俺の手を握って、ペンを動かし始めた。


 いやもうほんと、触覚が全部背中に集中してしまいそうだな。


 なにしろ、霊体である彼女は俺の服を透過しているのである。幸い、彼女の服はしっかりと防波堤の役目を果たしているが、制服がこすれるような感触も、しっかりと俺の背中の地肌に伝わっている。


 意識しすぎと言われたらたしかにそうなのだろうけど、女子に抱き着かれた経験がない俺は、母親以外の女性とこんな状況になったことがないのだ。当然こんな柔らかな何かを押し付けられたことも、ない。


 冷静でいられるはずがないだろう。


 しかも玲は俺の左肩を握り、右肩に顎を乗せている――服を貫通して、直接だ。そして吐息も、鼻歌も、俺の耳元で聞こえるのだ。


“んー、思ったよりも難しいですね”


 当の本人は真剣に俺の右手を操っているが、俺の理性に二つの柔らかな核を打ち込んでいるわりに、出来栄えは酷いものである。


「……なんだこれ……『つくね』?」


“違いますよぉおおっ! どうみても『ちくわ』じゃないですかっ!”


「耳元で叫ぶなうるせぇ!」


 そしてどう見てもちくわには見えん。そしてつくねにもあまり見えん。ハリガネムシが三匹いるような感じだ。そしてなによりも、なぜお前は『ちくわ』と書いたんだ!


“えへっ。じゃあ――ふぅうううううう”


「――っ!? や、やめっ、何してんだボケっ!」


“何って、耳ふーですよ耳ふー。ゾクゾクしました?”


 俺のすぐ真横で、随分と楽しそうに玲が言う。ゾクゾクしまくりだわボケ。

 たまにこいつが死者であることを、忘れそうになるんだよなぁ。困ったもんだわ。



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