第14話 お礼のマッサージ



 しばらく玲の執筆作業に付き合い、数分に一度会話をしたりしながらではあるが、彼女は見事に最終話を書き上げて見せた。あとは投稿するだけで、この物語は完結を迎えるのだが、


“よくよく考えたら、この六人の読者のうち、一人は灯お姉ちゃんの可能性があるってことですよね……”


 彼女は投稿ボタンを前にして、眉間にしわを寄せた苦し気な表情を浮かべていた。

 灯さんどころか、このアパートに住む全員が読者である可能性があるんじゃないかなぁと思っている俺としては、なんとも反応しづらい。


「まぁ大丈夫だろ」


 結局、雑に済ませることにした。最終話を待つ読者のためだ、悪く思うな。


 俺の励ましのような言葉を受けた玲は、“そ、そうですよね!”と持ち前のポジティブ思考で嫌な予感をねじ伏せる。そして、俺の指をつまんで、投稿ボタンをポチッと押した。


“――はぁああああ。たしかに、これは達成感ありますね! 灯お姉ちゃんに知られていたという事実からは目を背けたいですが、なんだかすごく晴れ晴れとした気分です!”


「そりゃよかったな」


 で、当然ながら成仏する様子は皆無――と。

 まぁこんな感じで、ちょこちょこ玲のやり残したことをこなしていくことにしよう。


 このアパートで出会ったのも何かの縁だ。協力することも、やぶさかではない。


 あと二年ぐらいで俺は高校を卒業し、おそらくこのアパートを退去することになると思うから、それまでには、彼女の問題を解決してやりたいんだがなぁ……もしそうできなければ、たまに様子を見に来るってのも悪くはないかもな。


「どうする? 玲がまだ小説を書きたいって言うなら、たまに指とスマホを貸すけど」


 トイレをすまし、冷蔵庫からお茶を持ってきて、ソファに座りなおす。玲は俺の隣に座った。


“いやいや、大丈夫です! 結構満足しちゃいましたし、これで新しく未練ができちゃったら困りますし……そもそも、私死んでますからね! 本来、これはあまり許された行為ではないと思うんです”


 彼女はそう言ったあとに、慌てた様子で“市之瀬さんの行動を責めてるわけじゃないんですよっ!”と言葉を付け足した。


 まぁ、彼女の言う通りではあるんだよな。

 俺もあまりその辺り深く考えていないけれど、あまり褒められた行為ではないと思う。


 玲には「ほどほどにしとくよ」と返事をしてから、スマホを見てみる。ポチポチと捜査して投稿サイトのユーザーページを開いてみると、なにやら通知が届いていた。


 投稿してまだ十分も経っていないというのに、何かしらアクションが来ていたらしい。


 玲にそれを見せると、びっくりした様子で“す、スマホをテーブルおいてください!”と叫んだ。言われた通りにすると、彼女は俺の手を持って、スマホをポチポチ。


“か、感想が来てます! あわわわっ! また来ましたよっ! お星さまも入りましたっ! す、すごいです!”


 なにかすごいことが起きているらしい。


 玲が言うには、いままで感想をもらったことが無かったと。それに加えて、『お星さま』というのはその作品の評価らしい。某ネットショップのレビューみたいなもんか。


“う、うぅ……『ずっと待っていました』、『完結おめでとうございます』――そんなコメントが一気に来ましたよ……”


 彼女は指で涙をぬぐいながら、俺の指を操作し続ける。六件、感想が来たらしい。

 それはきっと、とてもすごいことなのだろう。玲はしばらくの間、六件の感想と向き合い続けていた。


 俺としても、悪くない気分だった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 その日の夜、俺がベッドに入るまでの間に、彼女は十回近く“もう一度感想欄見てもいいですか?”ともじもじしながら言ってきた。よほどうれしかったらしい。


 まぁそれはいいんだ。俺としても、彼女が喜んでいる姿は見ていて気持ちのいいものだし、読者の気持ちになっても、いいことをしたと思うから。あまり、やりすぎるわけにはいかないけども。


 だから、それはいいんだ。この話はもう終わりなのである。


「だから必要ないって言ってんだろアホが!」


“いーやーでーすっ! だって私がもらいすぎですよっ! 何か恩返しができないと成仏できなくなっちゃいますから! ねっ! お姉ちゃんの言うこと聞きなさいっ!”


「誰が姉だ誰が! お前は何年経とうが十六歳なんだよ! そして俺も十六歳、そして今年には十七になるんだからな!」


“じゃあ妹のお願いを聞いてよお兄ちゃん!”


「お前の兄じゃねぇっての! そもそも俺とお前には血縁関係がないの! わかる!?」


 就寝前、俺たちはそんな言い争いをしていた。

 俺はベッドに寝そべり、横を向いて。そして玲はベッドの横――俺の視線の先で正座をしている。


“いいじゃないですか! 私ってそこそこ可愛いと思うので、そんな女子高生からのマッサージですよ! なぜ拒むんですか! このヘタレっ!”


「へ、ヘタレとかじゃないっての!」


 俺はやる時はやる男なのだ。たぶん。そんなシチュエーションになったことはないのだけど。


 今の状況は据え膳を前に怖気ついているとかではなく、ただ、感謝を受け取るようなことはしていないということなのだ。うん、そうなのだ。


「……そこまで言うんなら――じゃ、じゃあ肩もみだけ」


 俺はのそのそと体を起こし、壁側を向いて胡坐をかく。正直、ちょっと照れ臭い。

背後からは“ありがとうございますっ!”となぜかお礼が聞こえてきた。逆だろ。


 玲は俺の肩に手を置くと、ぐっぐっと親指で肩を押し始める。別に肩が凝っているわけではないんだが……まぁほどほどに気持ちいい。悪くない。


「一分でいいからな」


“えぇえええ!? 短すぎますよ! せめて五分はさせてくださいっ!”


 だから逆なんだって……。



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