第13話 お前地獄に行くんか




 というわけで、まずは玲に小説投稿サイトのパスワードを教えてもらい、彼女のアカウントでログインしてみた。すると、下書きの中に『最終話』というサブタイトルが付けられているものを発見。


 なんだあるじゃないか――と思ったが、どうやら玲によると、これは書きかけらしい。


「っていうかこれ、三年前のだろ? 内容覚えてんの?」


“覚えてないですね! ストーリーもキャラの名前もすべてうろおぼえです!”


 だったらこれは未練とは関係なさそうだなぁ。


 もし死んでなお未練が残るようなものならば、ずっとそのことについて考えていそうだし。これが原因で成仏できてないってことはないだろう。


 まぁともかく、これはこれで彼女はスッキリするだろうし、この物語を読んでいた人たちもきっと喜ぶはずだ。


 作業に取り掛かるためにも、まずは彼女に最初から読み返してもらうことにした。


「ちなみにこれ、俺も読んでいいの?」


“……恥ずかしいから勘弁してください。パンツ見たことは許してあげますから”


「あのな、あれはお前に許されるまでもなく不可抗力だからな?」


“どうですかねぇ~。本当なんですかねぇ~”


「その下品な顔やめろや」


 そんな戯れをへてから、小説の完結を目指して作業に取り掛かる。

 作業とはいっても、俺がやることはスマホから目をそらし、玲に右手の人差し指を預けて、しばらくボケ~っとするだけだが。


「………………」


 こんなに近くにいるのに、彼女から漂ってくる香りはなにもない。目を瞑れば、ひんやりとした肌の感触だけが、彼女がそこにいることを俺に感じさせた。


 ローテーブルに頬をべたりとつけて、テーブルの上に置いた俺のスマホを、真剣に見ている玲に目を向ける。


 眉毛はうすく、まつ毛は長く、鼻はすらりと綺麗な形をしていた。

 死してなお潤いを感じさせる唇は、いまは横一文字に結ばれている。こんなに間近で観察しているというのに、彼女は俺が見ていることに気付く様子はない。


 やっぱり、可愛いんだよなぁ……このアホ。

 邪魔しちゃ悪いし、軽く眠っとくか。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



“――あひゃぁっ!?”


 脳が覚醒すると同時に、そんな甲高い叫び声が聞こえてきた。


 どうやら、玲が身じろぎした俺にびっくりしたようだが……それにしても驚きすぎじゃないか? ほんの少し動いただけだというのに。びっくりして俺も体が震えたわ。


「……俺って何分ぐらい寝てた?」


“んーと……一時間ぐらいですかね?”


 どうやら思ったよりもがっつり寝てしまっていたらしい。十分ぐらいだけ仮眠をとるつもりだったんだがなぁ……待たせてしまっていたなら、申し訳ない。


 頭をポリポリと掻きながら玲に目を向けると、彼女は顔の前で両手をぶんぶんと横に振る。


“あ、気にしなくても大丈夫ですよ! 読み終わってから、最終話の続きを書いていたので! あと十分もあれば終わりそうですっ!”


「おー、結局この状態で書き進めてたのか。――というか、そんなに見られるの恥ずかしいもんなのか? 自作の小説って」


 テーブルの上に頭を乗せたまま、聞いてみる。すると彼女は俺を睨みつつ、“うー……”とうなってから、ため息を吐いた。


“だって私、才能とかないですし、文章もうまくないですし、本当に自己満足で書いた物語なので……”


「でも、六人の人は最後まで読んでくれてるんだろ?」


“はい……”


 彼女は消え入りそうな声で、返事をした。なんだかいじめているような気分になるな。


「あー……すまん。別に見せてくれって言いたいわけじゃないんだ。……でもまぁ、俺も玲の気持ちになってみたら少しわかったわ。顔も知らない誰かに見られるのは良くても、顔見知りにはたしかに見られたくないな」


“――っ! そうっ! そうなんですよっ! わかってくれましたか! さすが私のマイフレンドですっ!”


「……はいはい」


 マイマイフレンドみたいなことを言っていたが、敢えて指摘はせずに俺は再びスマホの上に人差し指を乗せて、脱力した。彼女はそろ~っと俺の指を手にとり、スマホの操作を始める。


“では、あと少しだけ指をお借りしますね。――あ、もしよかったらお礼に肩もみぐらいしますよ? 物に触れないので家事とかはできませんけど、マッサージなら私でもできますよねっ! さっき市之瀬さんが寝ているときに思いついちゃいました!”


 なんかわけのわからんことを言い出したぞコイツ。いやそりゃ、言ってること自体はたしかに可能だけども。


 俺はテーブルに肘を突き、頭を支えてから玲を見る。


「あのな、どっちかというと肩が凝る作業をしてんのは玲だろうが。それに、別に見返りを求めてスマホと指を貸してるわけじゃないんだから、別に礼はいらん」


“……はいらない――って言われるとちょっと寂しいですね……”


 苦笑いを浮かべながら、彼女は頬を掻く。


「……お前がどっちのについて話しているのかは知らないが、お礼はいらない。御影玲は……まぁ、その、なんだ――いらないってことはないぞ」


 俺がそう言った途端、先ほどの苦笑いを消し飛ばした彼女は、口に手を当ててニマニマとした表情で俺を見る。そして空いたもう片方の手で、俺の頬を人差し指でつついてきた。


“んふ、もしかして市之瀬さん、私に惚れちゃったんですかぁ?”


「はったおすぞアホが」


“あいったぁあああっ!? バチンはやめてくださいよっ!? これ結構痛いんですからねっ!? 訴えますよっ!”


「いったい誰に訴えるんだよ……」


“そこは閻魔大王様とかじゃないですかね”


 お前地獄に行くんか。



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