第52話 サプライズプレゼント
マウスくんのぬいぐるみは、調べてみたところわりと近所に取り扱っているお店があった。いちおう、次の日にお店に電話して該当の商品が置いてあるかを確認して、一点取り置きをお願いした。もちろん、怜には内緒で。
「じゃあ俺今日ちょっと出掛けるところがあるから。午前中のうちに戻ってくるよ」
翌日、午前の家事を終えてから玲にそう告げると、彼女は不思議そうに首を傾げる。
“誰かとお約束とかしてましたっけ?”
「いやちょっと、本屋でも行こうかなぁと」
頭を掻きながらそう言うと、玲は俺をジト目でみながらふよふよと近寄ってくる。
“……もしかして、浮気ですか?”
「んなわけないだろ」
“んふふ~、知ってますよ~。驚かせてみたかっただけです!”
ニマニマとした表情でそう言った玲は、ぷかぷかと俺の周りを漂ったあと、俺の視線の先で停止する。
“あの、あんまり私に気を遣いすぎなくてもいいんですからね? お出かけしたいときは、遠慮なく行ってきてください! いま薫くんのおかげで毎日が充実しているのは事実ですが、もともと私は死者ですし、一人の時間も慣れてますんで!”
困ったような表情で、玲は笑みを作る。強がりか?
まぁこれが彼女の本心であれ強がりであれ、俺の行動は大差ないのだけど。
「玲の気持ちも考えてはいるけど、なによりも俺が玲と一緒にいたいからな。玲に気を遣わないんでいいんだったら四六時中一緒にいてもらうぞ」
俺ってもしかしたら重いのかもしれないなぁ……。もしかしたら生きている人相手だったら恋愛ができなかった説が浮上してしまった。
俺の気持ちの変化で玲と別れるということは百パーセントないと言えるけど、もし彼女と別れたら、その後の恋愛関係では満足できなさそうだな。
“薫くんは気持ちがストレートすぎるんです! て、照れるんですからねこっちは!”
「その照れ顔最高」
“そう言うところですよ! 本当にもぉ~”
不満げな言葉を吐きつつ、表情は嬉しそうだ。
彼女と一緒に過ごす時間を増やすために、できるだけ早く用事を済ませてくるとしよう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
お目当ての雑貨屋が開店する十時――その五分前に俺は現場に到着した。そして開店と同時に店員に「取り置きをお願いした市之瀬ですが」と声を掛け、ラッピングをお願いした。
こういった経験はいままでなかったので、「彼女へのプレゼントです」と説明するのには少々恥ずかしさがあったけれど(あとあと考えたら、この説明は不要だった気がする)、なんだかこの時間さえも、楽しく思えた。
さて、サラサラしたピンクの袋に入れられてリボンで封をされているそれを、いったいどうやって玲に渡してくれようか。
一番大事なのは、驚かせること。これは単純に俺の好みの問題である。
期待していなかったものがひょっこり出てきたときの、彼女の驚きを見てみたいのだ。
身体の後ろに隠して持っていくという手段もあるけれど、玲は最近アパートから出て俺の帰りを待っていることがあるからなぁ……嬉しいけれど、サプライズしたい今はちょっとマズい。
なにかいい案はないかと考えながら、競歩並みのスピードでアパートへ帰っていると、
「あれ? 市之瀬くん? なんでそんな気持ち悪い動きしてるの?」
幽霊がくっついた人を素通りしたところで、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「? あぁ、彩か。おはよう。夏美さんもおはようございます」
“はい、おはようございます市之瀬さん”
出くわしたのは、同じクラス、そして優の友人である鳥居彩だった。しっかりと母親の夏美さんもくっついてきている。どこかにお出かけ中だろうか?
「というか気持ち悪い動きってなんだよ。俺はただ『走るほどじゃないけど全力で急ぎたい』って気持ちのまま歩いていただけなんだが」
「小学生が走るぐらいのスピードだったよ」
思ったよりスピードが出てしまっていたらしい。早く玲に会いたかったからだろうな。サプライズの案もないのに。
「もしかして、優に用事か?」
彼女の進行方向は俺たちの住むアパートと同じ方角だ。それに以前彩の父親も交えて会話をするために彼女の家に放課後寄ったことがあるけど、家は反対方向だったはず。
「そうそう! 今日は優の家で遊ぶってことになってるよ。よかったら一緒に行かない? っていっても、もうすぐ着いちゃうけどさ」
予想通りだった。だとすれば、彩に協力してもらえば、サプライズの選択肢も増えるな……。どうせ彼女たちはうちのアパートに来るらしいし、さして手間はないだろう。
いろいろな案はあるだろうけど、とりあえず荷物を彩に持ってもらうことにした。こうすれば、玲に見つかったとしても『俺が買ってきたもの』という風には思われないだろう。
「いない、な。大丈夫そうだ」
「サプライズプレゼントいいよねぇ~、きっと玲さん喜ぶよ!」
アパートの敷地に入るまで彩に持ってもらっていたのだけど、どうやら玲は室内にいるらしく、姿は見えない。よし。
「ここまでで良いんだよね? ――はいどうぞ。じゃあまた学校でね」
「おう、ありがとな」
お礼を言いつつ、彩からプレゼントの入った袋を受け取る。そして、優の家に向かっていく彼女を見送ってから、一息ついた。
とりあえず玲に見つからずに敷地内にプレゼントを持ち込むことは成功した。
あとは、どうやって室内に持ち込むかだけど……、
“……ふーん? それ、ラッピングされてますし、プレゼントですよね? 薫くんと彩さんって、そういう仲だったんですか?”
どうやら、そんなことを考える必要はなくなってしまったようだ。やばい。
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