第53話 墓穴を掘りまくる




 玲がどこから俺たちのことを見ていたのかは定かではないけれど、雰囲気的には俺たちの会話までは聞いていなかった模様。聞いていたとしても、俺の『ありがとな』ぐらいなもんだろう。たぶん。


 さて、どうしたもんか……とりあえず玲の視点になって状況を分析してみるとしよう。


 まず、今朝になって普段外出しない俺が急に『本屋に行ってくる』と言い出す。


 隠し事をしている様子を見破られているかどうかはわからないけど、スタンダードな行動でないことは彼女もわかっていたはずだ。


 そして、その俺が手ぶらでアパートに帰ってきた。しかもクラスメイトの鳥居彩と二人で(厳密に言えば三人なのだけど)。


 で、そのクラスメイトの女子から、なにやらプレゼントらしきものを俺が受け取っている。白の紙袋に入っており、ラッピングしたピンクの袋もチラリと見えている。


“まぁ別に? 薫くんがどこで誰と遊んでいようが嫉妬とかしてませんけど? 隠し事するのはあまりよくないと思うんですよね私は”


 やっぱり疑われてますよねぇ!?


「いやこれはそういう訳じゃ――と、とりあえず部屋に入ろうぜ。俺が独り言喋ってるやばいやつに見えるし……」


 そう言うと、玲はツンとした様子で視線を逸らす。しかし俺が手を握ると、しっかりと握り返しつつ俺の横をぷかぷかと付いてきた。


 家に入り、手洗いうがいを済ませてからリビングにやってくる。


 玲は変わらず不機嫌な様子だ。ただし、自分が不機嫌であるということは認めたくないって感じ。リビングのソファに座る俺に近づこうとせず、キッチン周辺をうろうろと所在なく漂っている。


 ……そうだ。この状況を、逆に利用すればいいのか。


 嫌な気分(おそらくだけど)にさせてしまったことは申し訳ないけれど、気持ちが落ち込んだいま、嬉しいことがあればそのギャップで喜びも倍増なのではなかろうか。


 だがしかし、これ以上玲を落ち込ませるなんて悪魔の所業は俺にできそうもないので、あくまで今の状態のまま。


「なぁ玲、これなんだと思う?」


 声を掛けながら、白の紙袋を視線の高さまで持ち上げる。しかし、彼女はプイッと顔を逸らした。


“知りませーん。嘘つきの薫くんが何をもらっていようと私には関係ないですし”


 おう、やっぱり拗ねてるよな。いま可愛いって言ったら怒られそうだから堪えた。可愛かったんだけども、我慢した。


「彩と会ったのは偶然なんだよ。だから怒らないでくれ」


“別に怒ってないですもん。薫くんが私に嘘を吐いて外で女の子と会っていたって怒らないですもん”


 怒ってますやん。まぁ外で女子と会ったってことより、俺が嘘を吐いたから余計に疑わしさが増してしまっているんだろうなぁ。浮気の。


「これ、実は玲へのプレゼントだって言ったらどうする?」


 表情で俺の企みがバレないように、問いかける。


 しかし玲は嘘つきの言葉を信用したくないらしく、“そんな言葉に騙されませんよ私は! 幽霊だって学習するんですからね!”と、唇を尖らせた。


“それに、あの時彩さんは『はいどうぞ』って言ってましたし? 薫くんは『ありがとな』って言ってましたし? その前にどんなことを喋っていたのかは知りませんけど、そこだけ聞けば十分わかりますもん!”


 むっすーと、しばらく不機嫌を前面に出していた玲だが、やがて諦めたように大きなため息を吐いた。


“……ごめんなさい。別に浮気とか疑ってるんじゃないんですけど、薫くんに嘘を吐かれていたことがショックだったんです――わ、私は薫くんが好きなので嫉妬はしちゃいますけど、止めはしませんから、今度からは正直に話してくれると嬉しいです”


 今度はしょぼんとした雰囲気で、少しずつこちらに近寄ってくる。


 そして、俺の隣にまでやってくると、“中身、なんなんでしょうね”と興味を示すそぶりを見せた。それはパフォーマンスなのかもしれないけれど、仲直りをしようとしてくれているらしい。すげぇ罪悪感があるんですが……すまん。


「彩に途中まで持ってもらってたけど、これは俺から玲へのプレゼントだぞ。驚かせようと思って黙ってたけど」


“そ、そんなこと言っても騙されませんからね? 薫くんが彩さんからもらったものなんですし、ちゃんと薫くんが使ってください”


「いや本当なんだよ」


 苦笑しながらそう言うも、一度嘘を吐いた俺の言葉はやはり信じがたいらしい。信用が崩れるってのはこういうことなのかなぁ。まぁ今回に関しては、後に尾を引くことはないだろうけど。


“し、信じませんよ私は! 騙されません!”


「本当だぞ」


 再度そう言うも、玲はどうしても信じられないようで、


“も、もし本当だったらなんでも薫くんの言うこと聞いてあげますよ! そんなわけないですもん!”


 そう言った。

 ほう、なんでもですか。


 まぁさすがに、こうやって勘違いさせてしまったから彼女に何かを要求しようとは思わないけどね? そう言われたら色々想像しちゃうじゃないですか。


“一緒にお風呂でも入りましょうか!? 背中も流してあげましょうか!? いっぱい唇にキスだってしてあげますよ! その中身が、本当に私へのプレゼントなら! の話ですけどね!”


 彼女は勢いに任せて、そんなことを言い始める。


 なんか彩の時のことを思い出すなぁ……。なぜみんな、自ら墓穴を掘りまくるのか。



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