第51話 映画を見る


 玲は俺の呼び方を『薫さん』から『薫くん』に変更した。


 おそらく、俺が当事者になる前に他の人からそんな話を聞いたとしたら『それってなんの違いがあるんだ?』と本気で思っていただろう。


 だけど、実際に言われてみると、わかる。これはいかん。心臓には悪いけどガンに効きそうだ。まぁ俺はガンを患っていないですけどね。


“『さん』呼びより『くん』呼びのほうが、ちょっと近い気がしませんか?”


「する。可愛い。最高」


“ふぇっ!? ちょっ、そんなストレートに言わないでくださいよ! 恥ずかしいんですから……うぅ”


「可愛いって罪なんだな……」


“もぉ~、本当に薫くんは私のことが大好きなんですねぇ~”


 玲はまんざらでもなさそうに表情を崩して、俺の胸に頬をくっつける。ちなみに彼女の左足がいつの間にか俺の両足に乗っかっていた。それ以上足を上にもっていくと危ないので気を付けてほしいところ。俺の服、触覚的には玲の前で無意味だからな。


 いまのところ『薫くん』呼びで大満足だけど、のちのち呼び捨てになったり、そもそもの言葉遣いが砕けてきたりしたら、またきっとこんな風に嬉しい気持ちになるのだろう。


 段階的に進めてくれてよかったのかもしれない。

 嬉しさが何回も味わえるという意味でも、俺の心臓的にも。


「俺もなんか変えたほうがいい? 玲にはすでに全力で砕けて接してるつもりだけど」


 最初っからタメ口だし、もう名前を呼び捨てにしているし。

 俺はもう到達点に来てしまっているから、言葉遣いに関して手を加えることはできそうにないな。


“薫くんはそのままでいいんですよ! 大満足です!”


 玲としても問題ないらしい。それなら無理に考える必要もないか。

 呼び方を変えるだけで、こんなにも距離が近づいた感じがするんだなぁと思いつつ、ふたたびごろごろし始める。


 いや、すでにごろごろしているから、継続すると言ったほうが正しいのか。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 日中、全力でだらけていた俺たちだが、それは夜も一緒だった。

 ただ、今日はいちおう予定という予定はある。しかも『見たいテレビ番組』なんてものではなく、映画鑑賞だ。


 優と玲の姉である灯さんがDVDを貸してくれたので、それを視聴しようというもの。DVDプレイヤーも一緒に貸してくれた。


“見たことないタイトルですね”


「灯さんも『微妙』って言ってたから、期待はしないほうがいいかもしれないぞ?」


 ネットで評判を見てみるということもできたのだけど、それだと楽しみが半減してしまいそうなので、調べることはしないでおいた。


『ねこねこパニック』


 それがこの映画のタイトルである。

 アニメ調で書かれているネコが表紙にいるのだが、機関銃やらの武器を担いでいたりする。もうこの時点でB級感がすごい。でもちょっと気になる。


 玲と並んでソファに座り、テーブルの上には飲み物やお菓子を置いて、のんびりする体制を完璧に整えて、いざ視聴。


「…………」


 非常に反応に困る出だしだった。

 おい、これ全年齢対象の映画だよな? なんか猫が交尾してるんだけど。


 確信に至る部分は映っていないので実際には違うのかもしれないが、BGMとか雰囲気とか、猫の声とか……それらが今の状況はいかがわしいシーンですよと物語っているのである。


 チラリと玲に目を向けて見る。


“…………”


 彼女は耳を真っ赤にして、顔を両手で覆っていた。だけど、どうやら指の隙間からしっかりと映像は見ているらしい。しかも俺が玲を見ていることに気付く様子はまったくなく、集中していることが伺える。


 幸い、その女子と二人で見るには気まずいシーンは冒頭だけだった。


 それからは『マウス=デストロイヤー』というオス猫を主人公とした縄張り争いの戦争を主体としたもので、おまわりさんから逃げ回りつつも敵猫と争う様子がしっかりと描かれていた。


 この絵面でシリアスな雰囲気なのか――とも思ったけど、主題がそもそも猫の縄張り争いだから、シリアスではないのか、と自問自答したりしつつ、最後まで見た。


 まぁ俺はそれよりも、玲が主人公のマウスくん(めちゃくちゃややこしいけど猫だ)を気に入ったようで、映画館の応援上映みたいな雰囲気で“いけー! 頑張れーっ!”と声を掛けていたので、それを見るのが楽しかった。


 彼女が幽霊だから、どれだけ叫んでもどんな時間に叫んでも、近所迷惑にはならないからな。隣に座る俺としても、彼女が熱狂している姿を見るのは楽しかったし。大満足である。


“マウスくんのグッズとかってあるんですかね!?”


 映画を見終わってからDVDを箱にしまっていると、玲が聞いてくる。


「どうだろうなぁ、十年以上前の映画みたいだし……」


 それにグッズ化するほど人気の映画には思えないんだよなぁ。でも映画化するってことは人気があったのは確かなのか? わからん。


 玲は直接的に『欲しい』とは言っていなかったが、たぶんあったら喜ぶのだろう。そう思って、ネットで『マウス=デストロイヤー ぬいぐるみ』と検索してみると、ヒットした。


「おぉ、あるみたいだぞ」


“本当ですか! 見せてくださいっ!”


 お値段は二千円程度で許容範囲。そしてサイズは、サイトに記載されている寸法をみたところ、だいたい人の頭ぐらいみたいだ。


 文字付きのレビューが書かれていたので、読んでみることに。



 ★★★★★

 ユーザー名:TOMOKI

 彼女へのプレゼントとして購入しました。

 とても大切にしてくれていて、デートするときに一緒に連れて来るぐらい気に入ってくれています。『私たちの子供』なんて冗談を言ったりしてます。丸洗いもできますし、柔らかさもちょうどいいみたいですね。



 ふむ……商品の内容もさることながら、『彼女へのプレゼント』というところが俺の目に留まった。女子どころか親族以外にプレゼントなんて買ったことはなかったから、こういうのは参考になるな。


 売っている場所を探し、玲に内緒でこっそり買っておくことにしよう。




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