第30話 デートの方法



 その後、優はだいたい二時間ほど我が家に居座った。


 居座った――とは言ってみたけど、話をしていたらそれぐらいの時間が過ぎていた。もしこれが普通に男一人、女二人という状況だったなら、彼女たちの会話に加わることなくぼっちになっていた可能性もあるのだけど、通訳が必要になっている以上、俺はずっと会話の中心にいた。


 で、優が帰宅してから。


 俺は夕食に必要な食材をスーパーに買いに行って、玲の指導を受けながら肉じゃがを作成。彼女のおかげで、俺のポンコツだった料理スキルがめきめきと上達して行っている気がする。


 栞さんの家に行って肉じゃがとご飯をお供えして、俺も夕食にありついた。


「そう言えばさ、形から入るって話あっただろ? あれ、途中で話切れてたよな?」


 玲と一緒にご飯を食べながら、ふと思い出したので口にする。

 優がくる直前、たしかそんな話をしていた。


“んぐんぐ――、そういえばそうでしたね! すっかり忘れてました!”


 茶碗と箸を持った玲が、ごくりと喉を鳴らしてから言う。


 ちなみに、半透明の茶碗も箸も、玲が意識すればテーブルに置くことも可能だ。置かなければ、普通に消える。消えて、食べようと思えばまた出現する。謎の仕組みだ。


“この『彼シャツ』の時もいいましたけど、恋人っぽいことから始めましょう! みたいな感じです!”


「もうすでにやってない? 膝枕とか、俺は恋人同士がやるようなことだと思うんだけど」


 ハグとかほっぺにキスとかは、なんとなく外国的な雰囲気だと思っておけば恋人と結びつかないのだけど……でもあれか、膝枕も看病とかのついでだったらありなのか?


“そ、それはまだポイント制ですからね! 膝枕も、あくまで報酬なんです! 報酬もなくできるようになったとき、それは前進と言っていいと思うのですよ!”


「……なるほど」


 俺からしたらいいこと尽くめだから、異論はない。どんどん前進してくれ。


“あとは……そう、デートとかですかね!”


「……同棲してるのに? 家の中でデート?」


 それはデートと呼んでいいのだろうか。さすがに無理があるんじゃないか?

 首を傾げる俺に、玲はしたり顔で指を振る。ほっぺにご飯粒ついているのがなんともいい味だしてんなぁ。可愛いからそのままにしておこう。


“忘れたんですか薫さん。私はアパートから出られないわけではありません――アパートの敷地から出られないだけなのですよ!”


 ばーん! という効果音でも鳴らしたいところだ。それぐらい、自信満々に彼女は言っていた。俺としては『何言ってんだこいつ』なんだけどなぁ……敷地に出られるって言っても、駐車場とちょっとした駐輪スペース、それぐらいしかないんだから。


“お外にお出かけですよ! 家から出たらそれはもうデートと言って過言ではありませんよね!”


「そう……なのか? まぁこれがデートと呼んでいいのかはさておき、玲と出かけられるのは嬉しいからな。明日にでもやってみるか」


 彼女はいつも、俺の部屋で帰りを待っていた。だからアパートの敷地ぎりぎりのところとかで、彼女を見たことはない。


 たぶんこれは、玲が玄関で『おかえりなさい』を言いたいからなんだろうなぁ。あとは玲の気持ちの問題か。


“はい! 薫さんと色々出かけてみたいですが、とりあえず駐車場デートで我慢しましょう! あと、いちおうどこが境界になってるかのチェックもその時にしてみましょうかね~。実はあまりアパートから離れたくなくて、一度ぐらいしか調べてないんですよ”


 まぁそりゃそうだろうな。


「たぶんアレだろ、見えない壁みたいなのがあって通れない――って状態だと思うが、あれは閉じ込められてるんじゃなくて、それはそもそも玲の意思だからなぁ。ここを離れたくないって気持ちがあるからこそ、壁があるわけだし」


 だから何度も試していないのは平常だ。むしろ一度試しているというのにびっくりするレベルである。それが俺の知る地縛霊というものだから。


 俺の言葉に、玲は“そうなんですそうなんです”と首をがくがく縦に振る。


“外でのデートは諦めるとして、限られた手札で戦えばいいんですよ! 駐車場しかないのであれば、駐車場で楽しめるようにすればいいと思うんです!”


 なんかかっこいいことを言っているような雰囲気はするけど、駐車場デートの話だよな、これ。


「俺としては玲と一緒なら、どこでも楽しめるよ。逆に言えば、玲がいなきゃ楽しくないんだ。場所は関係ない」


“そ、それは言い過ぎですって! 私以外とも楽しんでください!”


「自慢じゃないけど、俺は友達いないからな」


“本当に自慢になりませんよ!? ほ、ほら、優ちゃんとかいるじゃないですか!”


「あー……たしかに。優が相手なら楽しめそうだな」


 昔の玲の話とか聞けそうだし、学校のこともあるから話題にはあまり困ることはないだろう。ちっちゃいころの玲の話なんて、俺からしたら録音したいぐらい貴重なものだし。


 そう思っていると、いつのまにか玲がこちらにジト~っとした目を向けていた

 さきほどまでは随分と楽しそうな表情をしていたというのに――あ、もしかして?


「あれか! ヤキモチってやつか! その可愛い顔の原因は!」


“はひぃ!? ち、ちがいますぅ~! べ、別にヤキモチとか焼いてませんもん! だ、だって薫さんは私のことす、好きなんですから、逆じゃないですか! 私はヤキモチ焼かれるほうなんです!”


 パタパタとシャツの袖を振り回しながら、玲が焦った様子で言う。可愛い。


「あー……それはたしかに。このアパートに他の男がいたら、俺はヤキモチ焼いてただろうな……」


 玲の立場で考えてみれば、周りがほとんどヤキモチの対象という状況――まぁ俺はまだ玲に惚れてもらってはいないけど、もう少し彼女に安心してもらうように気を付けたほうがいいのかもな。俺のことを好きになってもらうためにも。


 俺の言葉を聞いて、玲は口元を手で隠しつつニヤニヤとした顔つきになる。


“んふ~? 薫さん、私が他の人と仲良くしてたらヤキモチ焼いちゃうんですか~?”


「焼く。焼くけど、玲の気持ちを優先する」


 そのうえで、玲の気持ちが俺に振り向くように努力する。それがいいはずだ。


“うぇ!? そ、そんなにストレートに言わなくていいですってば! 浮気とかしないですよ! 相手もいませんから!”


「浮気……? もしかして玲のなかでは、すでに俺と付き合ってることになってるのか?」


 形から入るとは言っていたが、もしかして俺たちもう付き合ってる?


“間違えました! 違います! 言葉のチョイスミスです! 深い意味はないんです!”


 違ったらしい。だけども、ちょっと恋人気分になれて嬉しかった。

 


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