第31話 駐車場デート



 翌日。

 天気は快晴、待ちに待ったデートの日である――すまん、ちょっと大げさに言ったわ。


 そりゃ玲とのデートが楽しみじゃないとかそういうわけではないのだけど、普段一緒に暮らしているようなもんだし、半径二十メートルぐらいの移動距離だし。行先は駐車場だし。


 とはいえ、やはりいつもと違う過ごし方ではあるから、ちょっとウキウキしていたりする。


 傍から見たら、駐車場で独り言をぶつぶつ言いながら歩き回る不審者になりそうだけど、通報されたらその時はその時だ。極力、人には見つからないようにしておこう。


“デートと言えば、『ごめん、待った?』『ううん、いま来たところだよ』っていう定番のやりとりをやるべきだと思うんですよ!”


「同棲しながらそれをやるとアホみたいだな」


“こ、細かいことはいいんです! 形と気持ちが大事なんですよ! ですから場所がどこであろうと、デートであるという気持ちを強く持ちましょう!”


 玲はいつも通りの制服、俺は特筆すべきことのないシャツとズボンでのデートだ。


 形にこだわるなら服装も――と思ったけど、俺も玲もデートにふさわしそうな服を持っていなかったので、これは諦めることに。


「じゃあ俺が先に出るよ、植木のところとかで待ってたらいい?」


 待ち合わせの目印になるものがそれぐらいしかない。あとはせいぜい自販機ぐらい。

 そう聞いてみたら、彼女はぷるぷると顔を横に振る。


“場所はそこでいいんですけど、私が待ちたいです! 三分後ぐらいに来てください! 待ってるそわそわした時間も味わいたいのでっ!”


「おっけー。何時に待ち合わせしようか」


 時刻は朝の九時半。朝ごはんを食べて、家事を軽く終わらせたところだった。


“十時にします? 薫さんが特に用事なければ”


「用事なんてないない――じゃあその時間にするか。それまではのんびりしとこうか」


“ですねぇ~。私のほうがこのアパートの先輩ですから、頑張ってエスコートしますね!”


 はたしてエスコートするほど見る場所があるのか……それは玲のみぞ知る。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「悪い、待ったか?」


 アパートの階段を下りて、待ち合わせ場所である植木がある場所に行くと、彼女は木を背もたれにする形でたたずんでおり、俺を視界に入れるとパッと笑顔を咲かせた。


 なお、彼女は俺が階段を出るときにこちらをチラ見しており、気付いてないふりをしていただけである。


“いえっ、今来たところですから、薫さんは気にしないでください!”


 だろうね。玲、三分前に出ていったもんね。いったいなんだろうこの演技。俺は何をしてるんだっけ? いや、デートだデート。これはデート。


「そ、そうか。それなら良かった」


 よくわからない雰囲気にのまれそうになりながら、なんとか返答する。彼女は、俺の身に着けているいつもの服を上から下までジッと眺めてから、ほんのり顔を赤くした。


“きょ、今日はいつにもまして素敵ですね! 薫さん、かっこいいですよ!”


 どうやら顔が赤くなっていたのは、このセリフのせいらしい。恥ずかしさを我慢してでも、言ってみたかったんだろうなぁ。


 でもこれ、いつもの服だけどね。加えて言うのであれば、君は五分前ぐらいに家で見たばっかりだと思うけどね。


 だがしかし、俺はこの流れに乗っていく……! これはデートこれはデートこれはデート!


「ありがとう玲。玲はいつも可愛いけど、今日は一段と可愛いよ。まるで天使みたいだ」


“えへへ、そうですかねぇ? ――んふふっ”


 言い終えたあとに、幽霊に向かって『天使』は少し不謹慎だっただろうか――と思ったが、本人はまんざらでもなさそうなのでよしとしよう。


 彼女は制服のリボンをいじったり、スカートのすそをつまんだりしながら落ち着きのない雰囲気を醸し出していた。


「さて……今日は玲にお任せしていいんだよな? この辺の地理、俺は詳しくないからさ」


 だって駐車場と駐輪場があることぐらいしか知らねえんだもん。わざわざ駐車場を歩き回ったりしてないし。


 しかしあれだな……まじでこの姿を他の人に見られたらやばそうだ。通報案件に違いない。ひとりで駐車場を歩きながら『まるで天使みたいだ』とか言ってんだぞ?


 子連れがいたら『あの人ひとりで何してるのー?』『しっ、見ちゃいけません!』となること間違いなしだ。


“ええ! 今日は私にお任せください!”


 そう言って、玲は俺の隣に立つ。そして、左手で俺の右手をツンツンと突いてきた。

 そして、ちらりと見上げるように俺のを顔を見て来る。あぁ、これはさすがにわかるぞ。


「はぐれたらマズいしな」


 どうやったらこの駐車場ではぐれるんだろうか……そんなことを考えながらも、口調と顔はデート向けのものにしておく。そして、玲の手を握った。


“そ、そうですよね! 迷子になったらいけませんし!”


 玲も俺の適当なトークに乗っかって、俺の手を握り返してきた。そして、感触をたしかめるように何度がぎゅっぎゅっと力を籠めてくる。可愛い。


“じゃあまず、ちょっと喫茶店に行ってお話とかしましょ! 私、安くて品ぞろえも多くて、そして利用する人もたくさんいるお店知ってるんです!”


「お、おう。じゃあそこに行こうか、楽しみだな」


“あ、あんまり期待しないでくださいよ?”


「ははっ、わかったよ」


 楽しそうな玲に手を引かれ、俺はアスファルトを踏みしめて歩きだす。

 敷地の端、白色のさびれた自販機に向かって。

 

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