第21話 ノーコメントで
二人の大学生と多少交流をしてから、さっそく本題に入った。
女性陣がきゃっきゃと盛り上がっていたので忘れそうになっていたが、俺がこの場にやってきた目的は、玲が俺の手を操って文字を書くというものだ。
断じて年上のお姉さまがたと戯れるためではない。
というわけで、持参したノートとペンで実践することに。
傍から見たらあまりよくわからないかもしれないけれど、玲はいたって真剣に文字を書いている。俺の意思とは関係なく動き出した手を見て、二人は「「おお」」とそろって声を上げた。
“できました! 市之瀬さんっ! かなり上手くなってませんか私!?”
「んー……成長はしてると思うぞ。まだヘロヘロだけど」
“これも私の味ってやつですかね、えへへ”
俺の右側に座り、楽し気に体を左右に揺らす玲。現実への干渉ってのが楽しいんだろうなぁ。
俺はノートの向きを変えて、玲が書いた文字が大学生二人組に見えやすいようにした。
「……ふふっ、まだまだですね」
「手がぷるぷるしてたよね~。でもありがと、玲。それに市之瀬くんも」
玲が俺の手を動かしてかいたのは、『きさらぎかおり』『たちばなもか』という二人のフルネームだった。漢字はさすがに難しいだろうからな。これでも十分だろう。
「市之瀬くん、これはもらってもいいです?」
じっくりと眺めたあと、如月さんがノートを大事そうに手に取って、俺を見ながら言う。そりゃどうぞどうぞといった感じなのだけど、ほぼ白紙ですよ、このノート。
「もちろん差し上げますけど――そのページだけちぎります? それとも、俺がくるたびに、玲にちょこちょこ何か書いてもらって、ノート埋めますか? 玲も別に手間じゃないよな? 練習になるしさ」
“もちろんですよ! 達筆になって二人をぎゃふんと言わせて見せましょう!”
それは無理だと思うけどなぁ……まぁ彼女が乗り気なら余計なことは言うまい。
「玲も『ぎゃふんと言わせる』とか言ってやりたそうにしてますけど、どうでしょう?」
俺が二人に視線を向けながら言うと、彼女たちは一度目を合わせてからこちらを向いて、そろって頷いた。
「ありがとう市之瀬くん! 二人がそう言うなら、お言葉に甘えようかな。ねっ、香織」
「ですね。市之瀬くんにはご迷惑をおかけしますが、そうしてくれると嬉しいです」
そう言ってから、彼女たちは声をそろえて「お願いします」とぺこりと頭を下げた。
「そ、そんな頭を下げなくてもいいですって! 別に嫌々ってわけじゃないですから!」
“んふ~、私、めちゃくちゃ愛されてますね~”
それはそうなんだろうけど、本人が言うとなんか腹立つな。空気を読まず下品な笑みを浮かべている玲に、俺はこっそり『バチン』といたずらをしておくことにした。
「ところでさ」
大学生の二人とお互いに軽く学校の話なんかをしてから一息ついたころ、立花さんがニヤニヤしながら話を切り出してきた。
「さっき見てた感じ、玲ってば市之瀬くんに後ろから抱き着いて手を握ってたんじゃない?」
疑惑――というよりも、ほぼ確信に近いような雰囲気を持って、彼女は俺に聞いてきた。如月さんのほうは「そうだったですか?」と首を傾げて立花さんを見た――のだけど、俺が表情を強張らせてしまっているのを見ると、意地の悪そうな笑みを浮かべる。
“べ、別にやましい気持ちとかないですよね! ねっ! ねっ!”
玲はそう言いながら俺の肩をべしべしと叩く。接触はオンにしたままだけど、音は俺と玲以外には聞こえていない。
「一番書きやすい姿勢がそれだったので……別に他意はないです」
視線をテーブルに落としながら答える。いま、この二人に目を向ける勇気はなかった。感情が読み取られてしまいそうで。
「んー? 本当かなぁ? 玲ってさ、めちゃくちゃ可愛いでしょ? おバカだし、それでいて優しいところもあるし、さらに付き合った経験は無いという――男子からすれば最高でしょ? 年齢も十六で止まってるみたいだしさ」
「中学の時も、玲のことを好きな男子は多かったですからね。たぶん、高校生活を普通に送れていれば、玲はきっとモテ王になっていたですよ」
なんだそのリア王みたいなやつは。
「そんな女の子から抱き着かれて、どんな気分なのかね市之瀬くん。正直に答えたまえ」
「玲も答えるですよ。抱き着くどころか手を握ったことさえなかったですよね?」
大学生二人からの追及に、俺は顔を引きつらせて冷や汗を流しまくりだ。
マジで勘弁してくれ……『はい! 玲は可愛いから最高ですね! 役得です!』とか言えるわけないじゃん。
それに俺は、いずれ成仏するのを見送ることになる相手に、強い好意を抱くわけにはいかないんですよ。……少しの好意は、セーフということで。
「おい玲、如月さんが聞いてるぞ」
“……市之瀬さんこそ、もかちゃんが聞いてますよ”
こいつ……逃げやがったな。いや俺も逃げてるから人のことは言えないのだが。
これについての話は、『嫌ですか?』『嫌じゃないよ』という問答で終わっているのだが、立花さんに続いた如月さんの発言で、ちょっと俺も照れてしまっているのだ。
玲が当時他の男子にしなかった行為を、俺にはしているということが、嬉しかったのだ。
そりゃ幽霊になったから、『生前は経験がなかったから死後ぐらいは』という感じで意識が変わったということもあるだろうけど、それでも嬉しかったのだ。
しかし玲のやつ。なんか俺と二人でいるときは結構ぐいぐい来るというか、ほっぺにキスとかしてきたりするけど、友達が前にいる状態だと恥ずかしさが強くなっているような感じだな。気持ちはわからなくもないが。
「…………ノーコメントということでお願いします」
ひとまず、俺はそうやってこの場をしのぐことにした。逃げるが勝ちって言うし。
「玲はなんと言ってるですか?」
“同じくノーコメントで……”
俺は玲の言葉をそっくりそのまま伝えた。
そうすると、大学生の二人は楽しそうに笑ったのだった。
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