第22話 玲の理解者たち



 まったく……俺と玲の関係をからかいたくなる気持ちはわかるが、もう少し遠慮してほしいもんだ。


 そりゃ十六歳同士という思春期まっただなかの二人が、他の人には見えないところでやりとりをしているというのだから、気になるのは仕方がないことだと思う。


 親公認で同棲しているようなもんだからなぁ……俺だって、他の人が同じ状況だったなら、『陰では何をしているのやら』と変なことを考えてしまいそうだし。


 大学生二人からの攻撃を耐久したあとは、俺は翻訳機としての役目を全うして、当時の同級生三人の会話を成立させることに努めた。


 会話の内容で、大学生二人の恋愛状況とかも話していたりしたので、聞いている俺としては少し気恥ずかしいものだった。


 ちなみに、如月さんは玲と同様に付き合った経験なし。立花さんのほうは、三か月前に彼氏の浮気が発覚し、現在はフリーとのこと。基本的に、立花さんが元カレの愚痴を言っているような感じだった。


「ねぇねぇ、ちなみに現役男子高校生くんとしては、浮気する男ってどう思う?」


 唐突に話を振られたので、一瞬自分に声を掛けられているのかわからなかった。だが、皆の視線が俺に集中していたので、会話の内容を思い出して頭を働かせる。


「俺本当に恋愛とかしたことないんで、参考になるかはわかりませんが――全く気持ちがわからないですね。なんでそういう人って別れないまま他の恋愛を進めようとするんですかね?」


 俺がそう答えると、立花さんは顎に人差し指をあてて「んー」と悩まし気な声を漏らす。


「人によっていろいろあると思うよ~。彼女のいない状況を作りたくないとか、一人だと飽きるとか、まぁあいつら下半身の本能に従ってるって感じだよねぇ~。あー男ってヤダヤダ」


 肩を竦めながら俺が反応しづらいような言い方をする立花さんに、如月さんが重めのツッコミを肩に入れる。どすっ――という重々しい音がした。


「純粋無垢な少年に何を言ってるですか。市之瀬くん、アホが失礼しました」


 肩を抑えて「ごめんよ~」と苦悶の表情で呻く立花さんを無視して、如月さんが謝罪の言葉を口にする。まぁ二人は大学生だし……そもそも高校生でもありえそうな会話だからな。俺は友達がいないからあまりわからないけども。


「い、いえ、お気になさらず……」


 ちなみに俺と同じく純粋な心を持っているらしい玲は、顔を真っ赤にしてぴゅーっとどこかに飛んでいってしまった。逃げんなボケ。

 二人に玲が逃げたことを伝えると、呆れたように笑っていた。


「市之瀬くんは学校に好きな人とかいないですか?」


 話題をそらしたいのか、如月さんは穏やかな表情で俺に聞いてくる。恋バナには変わりないのか。

 しかし好きな人――ねぇ。


 そりゃ『可愛い』とか『美人』とか思う人は学校にもいるけれど、俺は恋愛に前向きじゃないから、そもそも相手のことを知ろうともしていない。性格がわからない以上、恋愛に発展しようもないのだ。


 はじめから『無理だ』と、諦めているのだ。


「特にそういう人はいませんね」


「へぇ~、女子に興味ないの? それとも、その体質のせい?」


 立花さんが首を傾げながら聞いてくる。勘が鋭いな。勘ではなく、推理かもしれないが。


「どちらも、って感じですよ。この体質があるから、興味が持てないってのが今の自分だと思います。これが受け入れづらいものだとは理解してますから」


 失敗は許されないのだ。


 このアパートに住む人たちは、姿形は見えないものの、玲がここに住み着いていることを認知している節があった。だから、あまり臆病になることなく話をすることができた。


 だけど、他の人はそうではない。


 仲良くなる前に話してしまえば、不用意にバラされてしまう可能性があるし、仲良くなって話すと、相手がそれを原因にして離れて行き、俺の心に深刻なダメージが入る。


 親しい相手にずっと隠し事をしているのも気が滅入るから、最初から仲良くならないほうが良い。傷ついたり、バレるリスクを負うぐらいなら、一人のほうがマシだ。


 俺の言葉に、大学生二人は困ったような表情を浮かべた。


 しまったな……暗い話をしてしまった。別に俺はこの状況に慣れているから平気なんだけど……いつの間に玲も戻ってきていて、如月さんの後ろでしょんぼりした表情を浮かべているし。


 そんな空気のなか、立花さんが「あっ」と声を上げた。


「じゃ、じゃあ私とかどう? ほらほら、おっぱいも大きいぞ~」


 そう言いながら、彼女は自分の胸を下から持ち上げたり、寄せたり揉んだりと好き勝手している。灯さんサイズだな……大きい――って俺は何をまじまじと見てんだよ!


「何をいいだすですかこのアホっ! いたいけな少年に変なこと言うなですっ!」


 如月さんがまた、ずん、という重たい音をたてながら立花さんを殴る。そして玲も“ばかばかばか!”と言いながら立花さんの背を叩いていた。こちらは素通りしてるけど。


 そんな三人のやりとりが微笑ましくて、俺は笑った。


「あははっ、なんか気を遣わせてしまってすんません。ありがとうございます――だけど立花さん、そういうことはあまり気軽に言わないほうが良いと思いますよ」


 笑いながらそう言うと、立花さんは年下の俺相手に「ごめんなさい……」と頭を下げた。


 如月さんも「まったくです」と腰に手を当てて言う。


「で、でもさ! このアパートにいる人たちは、そういう心配しなくていいじゃん? あ、そうだ! 優ちゃんとかどうなの? 同じ高校の同級生だし、市之瀬くんのことも理解してくれてるよね?」


「あー……優はたしかに、そういうこと気にしなくていいからめちゃくちゃ楽ですね。だけど優と恋愛ってのは、あまり想像がつかないです」


 綺麗な顔をしてるなぁとは思うけど、なんか俺とは住む世界が違うなって感じがあるんだよな。あちらも、俺のことは『男』というより、『玲と話せる人』という認識が強いだろうし。


 腕組みをしながら、自分の想いを整理していると、如月さんがニヤニヤしながらこちらを見ていることに気付く。目が合うと、彼女は口を開いた。


「ちなみに玲はどうです?」


「……いやいや、相手は幽霊ですよ?」


「何か問題あるですか?」


 問題大ありだろうに。


「……そりゃ、いずれ成仏しちゃう相手ですから」


 玲には恥ずかしいから言わないけど、戸籍がどうとか、結婚がどうとか、子供がどうとか、俺はどうでもいいと思っている。問題は、時限爆弾みたいな別れがあることだ。


 明日、彼女は俺の前から消えているかもしれないと思うと、どうしても前向きな気持ちにはなれない。


 俺の言葉を聞いて、如月さんの後ろにいた玲は、悲しそうな表情で“私っていつ成仏しちゃうんでしょうねぇ”と口にしていた。


 立花さんと如月さんはというと、お互いに目を合わせて、ひとつ頷いていた。

 そして、俺に目を向ける。雰囲気的に、真面目な話っぽいな。



「実は、私ともかは、玲の未練がいったいなんなのか、予想は付いてるです。このアパートに住み着いている理由も、おそらくその未練が影響ですから」



 …………え? マジで言ってんの?


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