第20話 じゃんけん



 俺を笑わせたら勝ちというゲームは、如月さんの勝利で終わり。

 玲は不服そうに“あーあー、未練が増えちゃいましたー”なんて唇を尖らせながら言っていた。こんなもんが未練になってたまるかボケ。


 そんなことをしていると、買い物に出かけていた立花さんが帰ってきた。俺を見つけて手を振りながら「いらっしゃーい」と笑顔で声を掛けてくる。


 俺はすぐに立ち上がって「お邪魔してます」と挨拶をした。


「あははっ! 気楽にしなよ~、お姉さん別に怖くないよ~」


 ケラケラと笑いながら立花さんはテーブルまで寄ってきて、ビニール袋からペットボトルを数本取り出した。


「お客さんの市之瀬くんは好きなの選んでいいよ。玲もいるんだよね? 三人でじゃんけんしようか! 玲の分は、私が栞さんの家に行ってお供えしてきてあげるよ」


「いいですよ」


“ふふんっ、私にじゃんけんを挑んだことを後悔させてあげましょうっ!”


 お前のその自信はいったいどこから出てくるんだ?

 ここで遠慮するのはかえって悪いきがしたので、まずは俺が飲み物を選ばせてもらうことになった。カ〇ピスウォーターを選択し、手元に寄せる。


「じゃあ俺が玲から指示をもらうんで、それでやりますか? そっちのほうが口頭で言うよりわかりやすいと思うので」


 俺の提案に、三人は「いいね!」「ナイスです」“任せました!”と満場一致で賛成してくれた。

 なんだかすごいことを言ったみたいだけど、本当に大したことないんだよな……幽霊が見えるということは、珍しいことではあるけれど。


 というわけで、


“市之瀬さん、パーで行きましょうパーで! 私パーの気分です!”


「了解」


 玲から聞いて、俺は大学生二人に向けてコクリと頷く。なんとなく、この玲の思考が二人にバレていそうだなぁとは思ったが、さきほど如月さんに嘘を吐いてしまったし、今回はきちんと玲の指示通りに動くことにする。


 じゃんけんの音頭は立花さんがとって――、


「……どんまい」


 大学生二人は、チョキをだした。


「あはっ、玲いっつもパーだもんね~」


「市之瀬くん、玲はどうせ裏では自信満々だったんでしょうが、これはいつものことです」


 立花さんと如月さんは楽しそうに笑いながらそう言った。やはり玲の単純な思考はバレていたか。


 その後大学生二人は何度かあいこを繰り返し、如月さんの勝利。如月さんはミルクティーを選んで、立花さんはカフェオレ。玲はグレープジュースということになった。


“んふふっ、元々これを選ぶつもりでしたから、勝ったようなもんですね!”


 二人が玲の気持ちを汲んでくれたんじゃないかなぁと思うけど、玲が楽しそうなのでそっとしておくことにする。


 こういう友人関係って、いいよなぁ。俺にはないものだ。


 だけど、玲を失ってしまった二人の気持ちを考えると、不用意に親しい人を増やすというのは気が引けるよな。絶対、つらかっただろうし。


 立花さんは飲み物を栞さんの部屋に行ってお供えしてきたあと、俺から見て向かって右側に座り、こたつの側面が全て埋まった。大学生二人には一つ空いているようにも見えるだろうけど。


「それにしても、また玲と話せるとは思っていなかったですよ。このアパートに住み着いていることは、栞さんの話でわかってたですが」


「本当だよね~。さすがにあの日はびっくりしたよ」


 立花さんが言う『あの日』とは、栞さんの部屋にみんなで集まった日のことだろう。

 あの場では、俺以外の目からたくさんの涙が流れていたなぁ。もちろん、玲も一緒に。


「前にも言いましたが、このことはどうかご内密に――振り回されて生きるのは嫌なんで」


 そう言いながら、俺は二人に頭を下げる。

 体質に人生を決められたくない。選択肢としてあるぐらいで、ちょうどいい。


「もちろんですよ。性格が悪いと思われるかもですが、私としてはこのアホに構ってあげてほしいですからね」


“香織ちゃん!? 私アホじゃないけど!?”


 玲は即座に反論していたが、どこか嬉しそうに見える。ま、大切に思われてるってことだもんな。たぶん、照れ隠しで『アホ』って言葉を使ったんだろう。


「うんうん。でも市之瀬くんも大変だよね~、好きでその体質なったわけじゃないんだろうし、色々苦労もあったんじゃない?」


「……そうですね。やっぱり、みんなに見えないものが見えてるってだけで、生きづらくなりますから」


 視界に入っているものを見えないように振舞うってのは、なかなか神経を使うものだ。幽霊に反応してしまったら、即座に変な奴扱いされるし。


 中学生の頃に、いつの間に背後に立っていた幽霊にびっくりしたら、クラスで『なんだこいつ、怖っ』みたいな視線を向けられたなぁ……嫌な記憶だ。


 当時を思い出して苦笑していると、立花さんがパンと手を叩く。


「市之瀬くんも外では大変かもしれないけどさ、このアパートに住む人といるときぐらいはリラックスできるんじゃない? 玲に好きなように話しかけても大丈夫だからね」


“そうですそうです! どんどん話かけていいですよ市之瀬さん! 暇なんで!”


 立花さんに続き、玲は胸を張って言った。

 そして彼女はふよふよと俺の後ろに移動してきて、俺の髪の毛をつまんで、鬼の角のように髪の束を二本立ち上げる。何やってんだお前。


「あははっ! なにそれすごっ! これ玲がやってるんだよね!?」


「玲、市之瀬くんをいじめたら私が怒るですからね」


 立花さんは腹を抱えて笑って、如月さんは俺の背後にジト目を向ける。


「前に言ったように、俺は幽霊に触れるし、相手にも触られることができますからね。オンオフできるので、困ることはありませんけど」


 俺は玲に髪の毛を好きなようにされながら、二人と話す。無視されたのが悔しかったのか、彼女は俺の首に手を回すようにして後ろから抱き着いてきた。本人は“スリルがあって緊張しますね!”などと言っている。


 俺の服にしわができたりしたらバレそうだけど……服は対象外だからなぁ。変な遊びを覚えないでほしいもんだ。



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