第19話 大学生の家へ



“ねぇねぇ市之瀬さん”


「どうしたー?」


 スマホでパズルゲームをしていた俺に、玲が声を掛けてくる。

 俺はスマホのアプリを閉じて、テーブルの上でふわふわと浮かぶ玲に目を向けた。


 もうすぐ春休みが終わり、学校が始まる。つまり彼女に割ける時間がかなり減ってしまうから、いまはできるだけ彼女の願いを叶えてあげたいと思っているところだ。


“もかちゃんと香織ちゃんの部屋に行ったりする用事ってあります?”


 もかと香織――というと、玲の同級生だった立花さんと如月さんか。


「……別にないけど、お前が行きたいっていうなら連絡とるぞ。なにか話したいことでもあるのか?」


 正直、大学生女子の二人と会うのは、俺にとって少々ハードルが高い。だけど、何度か顔を合わせているし、なんとなく人となりもわかった。


 だがそれでも、気後れしてしまうことには違いない。灯さんみたいにツッコミどころ満載であれば、わりと気楽に接することもできるのだけども。


“実はですね、この前手紙を書いたじゃないですか”


「あー、メッセージカードのやつな」


“二人の部屋に忍び込んで、どんな反応をしてるかを見てたんですけど、そのとき、市之瀬さんの身体を操って書いているところを見てみたいって二人が話してたんですよね~。だから、見せてあげたいなぁって”


 ふむ、そういうことか。それぐらいなら別に構わないかな。


 そう思ってからすぐに、俺は二人にチャットでメッセージを送った。『ご希望であれば玲が書いてるところ見せられますが、どうされますか?』と簡潔に。


「……ん? でもお前、感想を盗み聞きしてたのバレるんじゃない?」


“ふふっ、幽霊である私の前にプライバシーなんてあったもんじゃないですし、きっと大丈夫ですよっ! 二人もきっとわかってくれます! 親友ですからねっ!”


 本当かなぁ……如月さんとか、怒りそうな気もするけど。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「市之瀬くん。玲はちゃんと正座してるですか」


「あ、はい。正座してますが、『幽霊だからいいじゃん』って愚痴を言ってます」


 玲の言葉を如月さんに正直に伝えると、片方からは“裏切り者!?”と驚愕の声が、そしてもう片方からは「正座五分追加するです」と非情な言葉が聞こえてくる。


 ちなみに、時刻はお昼の一時過ぎ。立花さんは、近所のコンビニに飲み物を買いに行っているらしい。現在は如月さんと二人きりだ。傍から見れば、だけど。


 玲のお願いを聞く――というか、友人二人の願いを叶えたい玲に協力するということで、大学生二名がルームシェアをしている部屋にやって来ているわけだが、やはり女性の部屋というものは緊張する。玲がいてくれるおかげで、多少は和らいでいるけども。


「そんなに意識せずともいいですよ。私はこの通りちんちくりんですから」


 リビングの中央に置かれたこたつの前で縮こまっていると、向かいに座る如月さんが鼻でため息を吐きながら言った。


 たしかに、大学生には見えない。十六歳の玲よりも少し年下に見えるぐらいだ。


 肩にかかる程度のふんわりとした茶色の髪、丸みを帯びた四角い眼鏡をかけており、委員長とかやってそうな感じ。喋る口調も淡々としていて、聞く人によれば冷たい印象も受けそうだ。


 だけどそんな率直な感想を言えるわけもなく、


「いえ、そ、そんなことは……」


 そんな感じで俺は言葉を濁した。玲が“んぷぷ、市之瀬さん困ってますねぇ~”と正座をしながら暢気に言っている。ぶっ飛ばすぞ。


「困らせるようなことを言ってしまったですね。もっと楽にしていいですよ。ほら、いないないばぁ」


 如月さんは手を両手で隠し、口も目も鼻も大きく広げた顔を披露してきた。

 俺は赤ちゃんかな? だけど、必死に空気を和らげようとしているその姿が、冷たいイメージとぶつかって、俺は少し笑ってしまった。


「ふふっ、ウケたです」


 如月さんは満足そうにそう言うと、俺からみてこたつの左側面にいる玲に「やってやったです」と自慢げに話した。


“私だってできるもん”


「お前はせんでいい。正座しとけ」


“扱いがひどい!?”


 罰としてほっぺにちゅーしちゃいますよ――なんて戯言をほざいている玲は放置して、首を傾げている如月さんに目を向けた。


「『私だってできるもん』――とか言ってますよ」


「じゃあやってみるです。私が市之瀬くんの顔を見ておくですから、笑わなかったら私の勝ちです」


 それはなんか違う遊びになってませんかね。笑ったら負けよ~って奴でしょ、それ。


“望むところぉっ! 香織には負けないよっ!”


「『私の負けです、辞退します』って言ってますね」


“言ってませんけどっ!?”


 信じられない――そんなことを言いたげな表情で玲は俺を見た。

 いやもうこれでいいじゃん。なんで俺は二人の変顔の審査員をせねばならんのだ。如月さんの勝ちでいいよ。彼女は俺をリラックスさせるために頑張ってくれたんだし。


 そんなことを考えながら口を動かしていたのだけど、如月さんはじぃっと俺の目を見つめて来る。


「――嘘はいけないですよ市之瀬くん。玲は『望むところぉ!』って言いそうですし」


 うわぁ……妹の優も玲の発言を的確に当てていたけれど、どうやら如月さんにもその能力は備わっているらしい。しかも声真似が上手い。


「おっしゃる通りです……すんませんでした如月さん……。じゃあ玲、ほら、変顔でもなんでもしろ。鼻で笑ってやるから」


“なんか笑いの種類が違う気がするんですけど!?”


 案の定、俺は玲の両手を駆使した変顔を見ても『必死で可愛いな』という感想を抱いてしまったので、「ふっ」と鼻で笑ってやった。


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