第18話 同棲開始
何とか玲と一緒にメッセージカードに文字を書いてから、俺はそれぞれにチャットで『玲からの手紙がある』と伝えた。そして各々の部屋に持って行って、一人一人に手渡していった。
玲の父親である徹さんは単身赴任で県外にいるため、さすがに手渡すことはできなかったので、母親の栞さんに渡すことになった。
正直、筆跡で当人かどうかを判別できるような感じではなかったけれど、メッセージカードをもらった玲の家族や友人たちは、本当に心から喜んでいるようだった。
文字を習いたての子供が書いたような文字だったけれど、それでも嬉しそうにしていた。
やってよかったと、心から思う。
“――あっ、ちょっと片付けは待ってください!”
ローテーブルに散らばっていたメッセージカードを片付けていると、玲から待ったがかかる。まだ何か書き足りないのだろうか。
“市之瀬さん宛に書きたいですっ!”
「お、おぉ……それは、嬉しいんだけども」
“やった!”
喜ぶのは俺のほうじゃね? まぁいいか。
傍からみたら自分で自分宛に書いている図――ひどく寂しい男に映るんだろうなぁ。あまり考えないことにしよう。
俺は玲の指示に従いメッセージカードを選んで、再びテーブル前座り、ペンを持つ。玲は俺の背中に密着してから俺の右手を握った。
彼女が俺の顔が俺の頭に接触したところで、ふと思う。
「玲、これ触れる?」
そう言って、俺は自分の髪の毛を一本引き抜き、玲に見せる。しかし、やはり霊体の彼女は、俺から離れた俺の一部を触れないようだった。“無理そうですね”としょんぼりした声が返ってくる。
「じゃあ俺の頭の髪の毛は?」
“触れますねぇ。うりうり”
「撫でまわさんでよろしい」
えー、と不満そうに言う玲。もうちょっと撫でまわされたあとで言えばよかったなと少しだけ後悔した。
まぁそれはいいとして。
「俺の髪の毛をペンに巻き付けて、それで書けばもっと書きやすいんじゃないか?」
そう言って俺は前髪でペンを覆い、テーブルに頭をくっつける。俺の手を持つより、はるかに文字が書きやすいだろう。俺は髪を引っ張られてちょっと痛い想いをしそうだけども。
玲は一度俺の頭にくっついたペンを持ったが、すぐに手を離した。
“んー……これだと市之瀬さんが痛そうですし、市之瀬さんさえよければ、もうちょっと髪の毛が伸びるまで待つことにしますっ! それまではこのスタイルでいきましょうっ!”
そう言って、彼女はピタリと俺の背中に再び張り付いた。こころなしか、密着度が高い気がする。
というか、ほぼ後ろから抱きつかれているような感覚なんですが。2ポイント貯めてないけどいいのだろうか。
「玲がそれでいいなら俺はそれでいいけど……あぁ、ちなみに髪を伸ばすのは別に構わないぞ。こだわりとかないし」
今は前髪が眉毛にかかる程度だけど、たとえ長く伸ばしたとしてもうちの高校の校則は緩いから問題はない。髪を染めるのもオッケーなぐらいだし。
「ちなみにどんな言葉を書くつもりなんだ?」
“それは見てのお楽しみですよーっ! それに、教えたら市之瀬さん、自分で手を動かしちゃいそうですし”
「それもそうか」
むしろ目を瞑っていたほうがいいのかもしれないな。
どんな言葉か予想できてしまえば、無意識に手に力を入れてしまいそうだし――そうなるとそれこそ本当に自分から自分への手紙になってしまう。
そんなわけで、俺はテーブルの上に顔を伏せて、右手の動きはすべて彼女にゆだねることにした。
“ん~ふ~ん~ふ~”
鼻歌を歌いながら、彼女はペンを持った俺の手を動かす。随分と楽しそうだ。
そして三分ぐらいの時間を経て、彼女は“できましたっ!”と声を上げる。
俺はのそりと顔を起こして、メッセージカードを見た。
メッセージカードには『みつけてくれて ありがとう』と書かれていた。
十文字制限をやぶったから、少し文字は小さめになっている。だからちょっとヘロヘロな印象を受けたけど、しっかりと読むことはできた。幽霊だけど、しっかり成長してるなぁ。
「……どういたしまして」
“はいっ! 家宝にしていいですよ!”
「するかボケ――でも、こいつはありがたくもらっておくよ。せっかくだし」
俺はそう言ってから、テーブルの上にある、そのカード以外の物を片付けた。照れ隠しである。
どれだけヘロヘロな文字であろうと、女子からの手紙には違いない。そんなものもらった経験、いままで一度もないからな。嬉しいに決まってる。
学校では恋愛の『れ』の字もないけれど、このアパートでは随分と女性に縁がある生活を送れているなぁ……大半は幽霊相手だけれども。
「またなんかやりたいことがあったら、気軽に言ってくれ。俺にできることは限られているだろうが、協力する」
俺がそう言うと、彼女はらんらんと目を輝かせた。
“いま市之瀬さん、なんでもするって言いましたよね!?”
「お前耳おかしいの?」
いったい何を要求するつもりだこいつ?
“じゃあ市之瀬さん、この2LDKに何も使ってないし何も置いてない空き部屋ありますよね! 今日から私、あそこで寝ていいですか! 他の人の部屋って、皆さん使用していますから、なんとなく申し訳ない気持ちになるんですよねぇ”
腕組みをして、うんうんと頷きながら玲が言う。
ふーむ……一緒の部屋で寝るわけじゃないし、俺の日常に差しさわりはないか……。
というか基本的にこいつ、俺が寝る直前まで俺の部屋でぷかぷか浮かんでいるし、どこで寝ようが大差ない気がする。
「お前がそれでいいなら好きにしていいぞ」
そんなわけで、彼女は俺の家の一室で寝ることになったのだった。
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