第17話 3ポイント獲得です!
買ってきたメッセージカードは、はがきサイズが七つと名刺サイズが三つ。
小さい文字はかなり難易度が高いということで、今回ははがきサイズのメッセージカードに書くことにした。
とはいえ、まだ練習段階。少しでもまともな文字を披露したい玲に、俺はとことん付き合うことにした。といっても、一日で終わらないなんてことはなさそうだけど。
「別にこれが最後ってわけじゃないんだからさ、とりあえず今日のところは五文字を二行、合計十文字ぐらいにしておいたらどうだ?」
文字のサイズをどうしようかと悩んでいた玲に、俺はそう提案する。すると彼女は俺の肩に乗せた顎に体重を少しのせた。
“んー……では市之瀬さんの案を採用しましょうっ! 一ポイント差し上げますね!”
「なんだそのポイント」
“一ポイントでマッサージ、二ポイントでハグ、三ポイントでほっぺにちゅーです!”
「あのな……あんまり自分を安売りするもんじゃないぞ」
“買う人が市之瀬さんだけだから安いも高いもないですよっ! だからいいんですっ!”
それでもダメだろアホ。
俺はため息を吐きながら一旦幽霊との接触をオフにした。戸惑う玲をよそに、俺は座っていた場所とは反対側――玲と向かい合うように腰を下ろした。
「ちょっと真面目な話をするぞ」
“な、なんでしょう……?”
声をいつもより低いものにしたからか、彼女は慌てた様子で正座になる。きちんと雰囲気を察してくれたらしい。
俺は「俺の勘違いなら、この話は忘れてくれ」と前置きしてから、彼女の目を見た。
「玲にとって、俺は唯一話ができて、触れることができる存在だ。俺は玲がいなくとも周りと関係を築ける――だけど、玲はそうじゃない。家族とも、友人とも、コミュニケーションはとれない。それは当然、玲が死者だからな」
“そうですね”
彼女は相槌をうってから、ゆっくりと頷く。
「だからもし、玲が俺から見放されないように機嫌を取ろうとしているなら、その必要はないと断言しておこう。そりゃ悪意を持って接してこられたら嫌だが、別に俺から好かれる必要はないんだぞ?」
苦笑しながら、話を終えた。
これは彼女のためでもあるし、俺のためでもある。もし仮に、彼女が俺の言ったようなことを考えているのなら、たとえ身体的接触があったとしても、嬉しくもなんともないからだ。
むしろ、罪悪感で潰れそうになるだろう。
俺の話を聞いた玲は、目を瞑ってうんうんと頷いた。そして、
“じゃあ今の話は忘れますねっ!”
そんなことを言った。ん? どういうことだ?
頭にハテナマークを浮かべる俺を見て、玲はクスクスと笑う。
“市之瀬さんがさっき、『勘違いだったら忘れてくれ』って言ったじゃないですか! だから、忘れます!”
「あ、あぁ、そうか。そういやそう言ったわ」
ついさっきの発言を忘れていた。ということは、今の俺の話は、勘違いであると。彼女の行動は、俺の機嫌を取るためのものではないと。
“ほら、はやくこっちに戻ってくださいよっ!”
「……へいへい」
ぺしぺしとソファを叩く音が鳴りそうな動作で、彼女は俺を元の場所に招く。
俺は立ち上がり、移動して、再びソファに腰を下ろした。
“んふ~、それにしても市之瀬さん、そんなこと考えてくれてたんですね。やっぱり優しい人ですね~”
ニマニマと嬉しそうな笑顔を浮かべて、彼女は俺の顔をのぞきこむ。その下品な顔やめろ。
“念のため聞いておきますが、市之瀬さん恋人とかはいないんですよね? ここに来てから、そんなそぶり一切なかったですし”
「まぁな。別に欲しいとか思ってないし」
はい強がりです。欲しいとは思ってます。だけどこの体質を不用意に明かしたくないし、そう簡単に認められるとも思ってないから、半分諦めてます。
俺の返答を聞いて、玲は“そうですかそうですか”と言ったあと、俺の背後に移動。
“手紙の続き、いいですか?”
「了解」
返事をして、玲が触れるように接触をオンに。彼女は俺の右手に手を添えてから、耳元でささやくように喋り始めた。
“先ほどの市之瀬さん、優しくてかっこよかったので、追加で2ポイントあげちゃいます”
玲はそう言ってから、顔を寄せてくる。
そして俺の頬に柔らかくて、みずみずしい何かが押し付けてきた。唇だ。
「ちょ、お、おまっ、なにしてんの!?」
慌てて立ち上がり、一歩距離をとって玲を見る。
彼女は口元に手を当てており、頬を赤らめて笑っていた。
“んふふ~、3ポイント獲得したのでほっぺにちゅーですよ!”
不意打ちがすぎるだろ! こちとら女性経験皆無だぞボケ!
「なんで俺がポイントもらってんのにお前が使ってんだよ! 普通逆だろ!?」
“え? 市之瀬さんがしたかったんですか? それでもいいですよ?”
暢気にそう言った彼女は、俺がいる方向にほっぺを向けて、人差し指でテシテシと叩く。
「ちがぁああうっ! そうじゃないっ! 俺が! お前に! ポイント使って特典を要求するんだろうがっ! 普通そういうもんだろ!」
“嫌でした?”
彼女はそう言うと、不安そうな表情を浮かべて、ふよふよとこちらに寄ってくる。そして俺を見上げるような位置で立ち止まった。
「……あ、い、そ、その――べ、別に嫌とかじゃなくて」
嬉しいに決まってんだろボケがぁあああああああ!
いくら幽霊って言ったって、かなりハイレベルというか、てっぺんじゃないかって思うほどの美少女だぞ? ちょっとアホだけど、それを含めて可愛いと思うし、同級生にいたら間違いなく好きになっていると断言してもいいぐらいだ。
そんな女子から、ほっぺにキスだぞ? 嬉しくないわけがなかろう。
“じゃあどちらかというと嬉しいですか?”
「…………」
“すごく嬉しいですか?”
「…………」
“なるほどなるほど! いや~、市之瀬さんポーカーフェイスへたくそですねぇ。表情にすごく出てますよ~”
「うるせぇボケ! 寄るなアホ!」
俺の罵倒を受けても、玲は開き直っているのか“嬉しいくせにぃ~”と俺の肩をつついてくる。恥ずかしくて顔から火が出そうだわ。
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