第35話 デレた……!



 よくわからないけど、怜が敷地の外に出た。うん、意味不明過ぎるな。


 いや、意味不明とは言ったものの、一応玲の言う通り『気持ち次第で』というのは辻褄が合っているんだよな。幽霊ってのはそういう意思が魂みたいなもんだから。


 彼女の霊的な性質が変わったわけではない。変化したのは状況で、彼女は元々『交際相手となら外に出たかった』ということならば、納得はできる。


 まぁそれでも、自由過ぎる理論だなぁとは思うが。


 まぁ幽霊というよくわからない不思議現象に対して、真面目に議論しても意味のないことかもしれないな。こんなこと言ったら、信心深い人に怒られてしまいそうだけど。


“いろいろやってみます!”


 いつになくウキウキした表情でそう言う玲。俺は彼女に協力する形で、そして俺の考えも彼女に伝えて色々検証した。たぶん三十分ぐらい、敷地の境目でうろうろしていた。


 通報されなかったのは、様子を見に来てくれたこのアパートの住人たちのおかげだろう。


 何事かと全員が出てきたからな。

 そんなわけで、色々なパターンを想定して、実験して、わかったことがある。


 その一、玲は一人で敷地の外に出ることはできない。俺が一緒にいる必要がある。

 その二、接触しておく必要はない。ただし、一緒に出掛けるという意識が必要。

 その三、目的地には制限がある。試しに学校に向かう意識でやってみたら、無理だった。

 その四、途中でお出かけを中断した場合、玲は魔法のようにアパートに瞬時に移動する。


 しかしなぁ、玲の意識の切り替えには脱帽だったな。


 実験という名目だから、本気になれずに失敗するんじゃないかと思っていたけど、彼女はしっかりと脳内をコントロールできていたらしい。すごい。


「ま、こんなところか……やれることの幅が一気に広がったな」


“ですねぇ! すごく楽しみです!”


 実験で得られた情報をノートにまとめて、ペンを置く。ソファに背もたれを預けて息を吐くと、彼女も俺の隣にやってきて同じような態勢をとった。


「行先に関しては、デートとか、夫婦っぽい感じだったら大丈夫って感じだろうな。玲の未練のことを考えると、まぁ妥当ではあるか」


 スーパーへの買い出しをデートとは言わないだろうしな。まぁついさっきまで駐車場デートを決行していた俺が言うのも変な話ではあるけど。


 俺の言葉に、玲は“うっ”と顔をしかめる。まだ微妙に未練が『お嫁さん』であることを認めたくない気持ちが残っているらしい。恥ずかしいんだろうなぁ。


 もしくは、俺を旦那さんの候補としているのが恥ずかしいのか。


“で、でもですね。周りから見たら薫さんが変な人に見られちゃうかもしれませんし、ちゃんと行先は考えますよ? あまりお金を使わせちゃうのも申し訳ないですし……”


 もじもじと人差し指を突き合わせながら、玲が上目遣いで言う。可愛い。


「んなこと気にしなくていいんだよ。俺はあくまで玲を優先する――なんてカッコいいことを言ってみたけど、幽霊が見える生活は慣れているからな。たぶん大丈夫。っていうか、むしろ俺は玲のほうが心配だぞ」


“? なんで私が心配なんです? ――あ、もしかして『玲が俺以外の人を好きになってしまったら』なんて考えてるんですかぁ?”


 ニヤニヤと下品な笑顔を浮かべて、俺の頬をぷにぷにと突きながら言ってきた。

 そんな余裕を持ってるのもいまのうちだぞ。


「そうじゃなくてさ、玲ってまだ他の幽霊と会ったことないだろ? 街中だと普通にいるぞ」


“……マジですか?”


「マジマジ。まぁこの街の幽霊の大半は俺が成仏させたから、数はかなり少ないけどな。玲みたいに、長い年月を必要とする未練を抱えた幽霊は残ってるからさ」


 いまでは見かける幽霊の大半は見守り系だ。親が娘や息子を見守っているような感じだな。ストーカータイプの悪霊は俺の守備範囲じゃないから、知り合いの除霊士に頼んでいるけども。


 街を漂っている善良な幽霊は、俺が知る限り二人だけだ。いつもどこかをブラブラしてるから会うことはまれだけど。


“な、なんだか行きたい気持ちが薄くなってきましたね~”


「幽霊が幽霊を怖がってどうすんだ……ま、別に無理して出かけようと思わなくていいさ。どうせ、その状態だとたぶん出られないし」


 出かけたいという気持ちが大事だからな。


 彼女は自分でもそれをわかっているのか“うぅ”と悔しそうに呻く。少し時間が必要だろうな。切り替えが早いとはいえ、これはまた別の問題だろうし。


 幽霊付きの人をこの家に呼び込むのもありだろうか――学校にもいたけれど……というか同じクラスに……さらに言えば優の友人にいたけれど、さすがに説明しなきゃまずいだろうしなぁ。


 ま、その辺りは優に相談して決めるとしよう。別に急ぐ必要はないから、時間が解決してくれる可能性もあるし。


“あぅ……でもお出かけもしたいしなぁ、うぅ……”


 幽霊の怖さとお出かけの誘惑が戦っているようだ。泣きそうな顔になっている。


「そんなに玲は俺とデートがしたいのか。もしかして、少しは惚れてきた?」


 空気を和らげるために俺がそう言うと、彼女は“そ、そんなことっ”と反論っぽい言葉を口にしようとして、止める。そしてプイッと俺から顔をそらしてから、再びゆっくりとこちらに顔を向けた。視線は、下に向いているけども。


 そして彼女は視線だけ動かしてちらっと俺を見上げたのち、顔を真っ赤にした。

 それから親指と人差し指で、豆でもつまむような隙間を作り出し、またちらっと俺を見る。


「ははっ、そりゃ嬉しいな」


 どうやら玲はちょっとだけ、俺のことを好きになってくれているらしい。


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