第36話 クラスメイトに協力要請




 俺の通う二年C組には、いつも母親がくっついている女子がいる。もしかしたら姉とか叔母かもしれないけど、顔が似ているからとりあえず親族には違いないだろう。


 もちろんそれは過保護とかそういう意味ではなく、幽霊的な意味で。


 優の友人であり、俺も二言三言ぐらいなら話したことがあるけど、深いかかわりがあるわけではない。


 その女子の名前は鳥居さん。下の名前は知らん。優が呼んでいた気がするけど、記憶する気が無かったせいか、全く覚えてない。


 悪霊になる雰囲気もなかったし、彼女に近づこうとする人をむやみやたらに遠ざけているようでもなかったので放置していたから、相手の幽霊も俺が見えていることを理解していないはずだ。


「というわけで、とりあえず優に相談しておこうと思ってな」


 学校が終わってから、優を我が家に招いた。といっても家が隣だし、ときどき彼女は俺の家に様子を見に来るから、特別感もなにもないのだけど。


「まさかあやに家族の幽霊が憑いているとはね……父子家庭なのは聞いていたけど」


 俺が優に事情を話すと、彼女は引きつった顔になっていた。

 父子家庭ということは、やはり彼女に憑いているのは母親らしい。


 玲の存在を認識していた優も、身近な友人に幽霊が憑いているというのはさすがに衝撃だったらしいな。とはいえ、幽霊の存在を全く知らない人よりはかなりマシな反応だろう。


 優は俺の言葉を疑う様子もなく、腕組みをして何かを考え始めた。


「……彩、オカルトとか信じないタイプなのよね。それだけじゃなくて、占いとかおみくじとか信じてないし、『神様にお願いするぐらいなら自分で頑張ったほうが良くない?』っていう現実主義的というかなんというか……」


 あー、なるほどな。俺としてはあまり関わりたくないタイプの人だ。


 俺って幽霊が見えるんだぜ――なんて言えば、白い目で見られることがほぼ確定しているような人種。まぁ彼女の場合、実際に幽霊がくっついているのだから、証明は簡単だと思うけど。


 だから、いま一番重要なのは、


「鳥居さんって口は堅い? 優には前説明したと思うが、言いふらされたくないんだよな」


 この部分だ。信じさせたのはいいものの、それを他の人に伝えられると、俺の高校生活――いや、その後の人生が大きくゆがんでしまう可能性が高い。


 俺の言葉に、優はクスリと笑ってから少し悪そうな笑みを浮かべた。


「そんなの、市之瀬くんなら簡単じゃない。もし相手が言いふらしそうになったら、幽霊から弱みを聞いて、それをネタに脅せばいいのよ」


「んなことしねぇよ。というか、鳥居さん友達なんだろ? そんなこと言っていいのかよ」


「あははっ、まぁ半分冗談。でも、人が嫌がることをするんなら自分がされても文句は言えないわよね? 彩はそんなことしないから、余計な心配だけど」


 こっわ。言い分としては理解できるけど、脅しの材料になんてしたくねぇよ。

 幽霊が見えるってだけで気味悪がられるっていうのに、それに実害が加わればハッキリと嫌悪の対象になってしまうだろう。やなこった。


「まぁそれなら安心だけど……玲もそれでいいか?」


 俺の隣で黙って話を聞いていた玲に声を掛ける。会話の妨げにならないよう、静かにしてくれていたらしい。


“お、おばけなんですよね? その人”


「いやだから玲もおばけなんだって」


“それはわかってるんですけど……うぅ……おばけですかぁ”


「心配しなくても、玲に危害を加えようとしたら俺がぶん殴ってやるから大丈夫だ」


 まぁ相手は善良な幽霊だし、そんなことにはならないが。


“あ、そ、そうですよね! 薫さんは幽霊に触れますもんね!”


 そうそう、だから安心しろ――そんな風にして玲をなだめてから、再び優に向き直る。

 彼女は俺の隣に目を向けながら、「玲お姉ちゃん、怖がりだからなぁ」と苦笑していた。


「じゃあ都合があうときに、鳥居さんと時間作ってもらえるか? 俺はいつでも合わせられるから」


「じゃあ放課後にどこか人の少ない場所に行きましょうか。市之瀬くんからの呼び出しって伝えてもいいの?」


 いじわるそうな笑みを浮かべて、俺とその隣を交互に見る優。

 おおかた鳥居さんに『恋愛がらみの何か』と勘違いさせるような感じで伝えるつもりなのだろう。ダメに決まってるだろうが。


「誤解を生むような言い方はするなよ」


“そ、そうだよ! 優ちゃん、めっ!”


「あははっ、冗談冗談。まぁ適当な理由をつけて呼び出しておくから、決まったら教えるわね」


 いったいどんな理由で呼び出すのやら……それから玲さんや、俺の肩に手を置いているのは、ほんの少し独占欲的なものがあったりするんですかね? どちらにせよ、俺は嬉しいです。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 次の日、さっそく優が鳥居さんに話をつけてくれたようで、俺は放課後に空き教室へ行くことになった。どうやら、俺が行くということは伝えていないらしく、相談事がある――というていで呼び出しているらしい。


 鞄を肩から下げて、空き教室の扉をガラガラと引くと、窓際の椅子に座っていた優と鳥居さんが同時にこちらを見た。


 鳥居さんは優と同じく、クラスの顔となっているようなグループに所属している一人だ。いわゆる、カースト上位の人間。


 まぁうちのクラスではいじめとかそういうことは起こってなさそうだし、発言力があるとか、そういう意味での話だが。


 うなじのあたりで髪を一つに縛り、横髪は頬なでるように顎辺りまで伸びている。鳥居さんは綺麗系と可愛い系の丁度境目って感じがするな。


「あれ? 市之瀬くんどうしたの? 優に用事?」


 鳥居さんは教室に入ってきた俺を見ながら首を傾げ、次いで優を見る。友人に視線を向けられた優はというと「遅かったわね」と口にした。


「トイレ行ってから来たからな。終礼の前に行きそびれた」


「そう――彩、今日は相談事って言うのは嘘で、ちょっと市之瀬くんと話してもらいたかったの」


 優がそう言うと、鳥居さんはぽかんととした表情で俺を見る。


 さてさて、どうやって説明したものか――それと鳥居さんのお母さんや、何を考えてるのか知らないけど、ニヤニヤしながら俺をみないでください。




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