第7話 痴女でごめんなさい



 さて、思いつきで始まった玲クッキング。


 俺は手取り足取り彼女に教わりながら、料理にチャレンジしていた。

 幸い、俺に料理の経験は無いと言っていいほどだったが、不器用ってわけでもなかったので、彼女の指示があればスムーズに調理をこなすことができた。


 まぁ傍から見れば俺の料理をする姿は不格好ではあっただろうが、怪我をするようなことはなかったから良しとしよう。


「まともだ……」


“ふふーんっ! どうですか市之瀬さん! 見直しましたか!?”


 そう言って、ふすーっと鼻息を吐きながらドヤ顔で胸を張る玲。俺が素直に「見直した」と口にすると、ほんのり頬を赤くして照れ臭そうにしていた。


 鍋の中では、カットした食材がコトコトと煮込まれている。初挑戦ということで、品目はカレーだ。しかしちょっと量が多い気がするな……。


「カレーって何日か持つんだっけ? 温めれば大丈夫なんだよな?」


 浮かんできたアクを掬いながら、聞いてみる。

 成長期の男子とはいえ、さすがに一日で食べきれない量だからな。


“そうですね! でもこれぐらいの量だったら、灯お姉ちゃんと優ちゃんとママに配ったらちょうど無くなると思いますよ?”


「いやいや、さすがに初心者の料理を押し付けるわけにもいかないだろ」


“私監修ですから大丈夫です!”


 本当かなぁ……。まだ毒見――じゃなくて味見もしていないから、しっかりとカレーになるのか不安だ。


 だけど彼女の指示に変な部分はなかったし、まさに王道といった感じのレシピだったし――大丈夫だとは思うけど。


“市之瀬さんにはもっと私の家族と仲良くして欲しいですし、お願いします!”


 そう言ってペコリと頭を下げる玲。


「……味見をしてから、美味しかったらチャットで伝えてみるわ」


 昨日、このアパートに住む全員とチャットIDを交換したし。


“やったぁーっ!”


 彼女は喜びの声を上げると、カウンターを貫通してリビングを飛び回った。


 何がそんなに嬉しいのか――と思ったけど、よくよく考えたら料理が得意な彼女は、家族にご飯を振舞ったこともあるだろう。しかし、それはもうできなくなってしまった。


 幽霊となった玲が料理をする方法としては、今俺がやったように、誰かにやってもらうしかないのだから――この反応は、普通なのかもなぁ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 カレーが出来上がったのは、夕方の五時。


 買い物に結構時間を使ってしまったから、晩御飯寄りの時間になってしまった。

 味見をしてみたところ、自分が作ったとは思えないほど普通に美味しかったので、チャットで彼女の家族に連絡。


 結果、六時から栞さんの部屋で食事を共にすることになった。


 俺の部屋だと食器が少ないし、ダイニングテーブルもないからな。本当は渡すだけでも良かったんだけど、せっかくだからということでこうなった。


「まさかまた玲のカレーが食べられるとは思わなかったわ」


 お皿に並べられたカレーを見て、涙ぐみながら母親の栞さんが言う。優も同意するように「本当にね」と口にした。


 ちなみに灯さんは仕事で帰るのが遅いので、タッパーに入れてから同じ部屋に住んでいる優に渡すことに。お姉さんも楽しみにしてくれているらしい。


「一応玲の指示通りに作ってるし、味見はしました。たぶん大丈夫だと思います」


「うふふ、そんなに心配しなくても大丈夫よ。いい香りがするもの」


「そうそう。万が一美味しくなかったら玲お姉ちゃんのせいにするから、市之瀬くんは気にしなくてもいいわ」


“ふふんっ! つまり美味しかったら私の手柄ってことでいいですね!”


 そんなことを得意げに玲が言ったので、二人に言葉通りに伝えたところ、


「そこは市之瀬くんの頑張りじゃない? 料理初めてなんだし」


「まぁまぁ、そこは『二人の』ってことにしておきなさいな」


 栞さんが穏やかにそう言ったので、俺は頬を掻いて頭を下げた。照れ臭いのだ。

 家族にすら料理を振舞ったことのない俺が、同級生の女の子、そしてその母親に手料理を食べてもらうのだ。平常心でいられるはずもない。


“私も食べたいのでお供えお願いします!”


「あー、すまん。忘れてた――すみません栞さん、玲も食べたいって言ってるので、少しよそってもいいですか?」


「もちろん! 私がやるわよ~、待たせてごめんね玲」


 そう言って立ち上がると栞さんはキッチンへと向かっていく。ダイニングに残された俺と優は、自然と目が合った。


「なんか玲お姉ちゃん、市之瀬くんに失礼なこととかしてない?」


 玲の“し、してないもん!”という言葉は無視して、優の質問に答える。


「とくには。まぁ俺が寝るときに飛び回ってるぐらいかなぁ……なぁ優、こいつ制服だからさ、もうちょっと恥じらいを持つように注意してくれないか?」


「あははっ! まぁ減るもんじゃないし、見せてもらっとけばいいんじゃない?」


 優はそう言って楽しそうに笑う。意外と豪快な性格なのだろうか。

 学校では見たことのない笑顔――まぁ、俺が彼女に目を向けていなかっただけだろうけど。


 ふむ……待てよ。つまり『減るもんじゃないし、優のパンツも見せてくれ』と言えば見せてくれる可能性があるのだろうか? もちろん聞かないけども。


“まぁ昨日の下着鑑賞代はカレーで我慢してあげますよ。私の銀河より広い心で許してあげましょう”


「見たくて見たんじゃねぇよ。むしろお前が見せつけてきたんだろ」


“私を痴女みたいに言わないでくださいよ!”


「玲お姉ちゃんなんて言ってるの?」


「痴女でごめんなさいだって」


“言ってないーっ! 言ってない言ってない言ってないーっ! 市之瀬さんのバカぁっ!”


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