第6話 新婚か?



“ねぇねぇ市之瀬さん”


「どうしたー?」


 スマホでパズルゲームをしながら、玲に返事をする。


 昨日、知らない人たちに囲まれた状態でずっと喋っていたからか、少々疲れてしまった。昼の十二時を過ぎてなお、俺はベッドでごろごろし続けている。春休みだし、大目に見て欲しい。


 ちなみに玲は天井に張り付いて、俺と向かいあうようにぷかぷかと浮かんでいる。


“どうして市之瀬さんは幽霊に触れるんですか?”


 前髪をだらりとこちらに向かって垂らした状態で、彼女は聞いてきた。

 ふむ、たしかにその話はまだしていなかったな。


「生まれつき、ぼんやり霊が見えるぐらいには霊感は強かったんだけどな。それに加えて、三回ほど三途の川を往復したらこうなってた」


 後頭部、背中、そして脇腹にはいまでもしっかりと縫い痕が残っている。


 看板が落ちてきたり、通り魔に刺されたり、バイクに突っ込まれたり――複数回生死の境をさまよったからか、俺の身体はいつの間にか死者よりの生者みたいな感じになっていた。


 現代科学なんのそのである。


“ちなみに、幽霊に貫通した状態で触るとどうなるんですか? 例えば私が市之瀬さんのお腹から顔だけ出して、その状態で触れるようにしたら”


 玲がそんなことを言い出したので、俺はスマホから視線を玲に移す。そして、ちょいちょいと手招きした。

 すると彼女は興味半分、怖さ半分といった感じでベッドの横に降り立つ。


「こんな感じ」


 そう前置きしてから、俺は首を傾げている彼女の右手に左手を通過させ、オンにする。

 すると、


“――あいったぁ!?”


 バチン――と電気が走ったように彼女の手が俺から弾かれた。ちなみに俺は全く痛くないんだよなぁ。


“な、なにをするんですか市之瀬さん! これは歴としたDVですよDV! 家庭内暴力ですっ! アザになったらどうするんですか! 骨折したかと思いましたよまったくもうっ!”


 嘘つけ。前に他の霊に試したときは『デコピンぐらいの痛さ』って言ってたぞ。


「玲が知りたそうだったから教えてやっただけだよ」


“じゃあ事前に『やる』って教えてくださいよ! びっくりして心臓止まるかと思いましたっ!”


 いやいや、玲の心臓は三年前に止まってるだろうが。

 まったくもう! まったくもう! と言いながらぷんぷんしている玲は、部屋の中をうろうろと飛び回ってから、再び俺のベッドサイドに戻ってくる。


“ねぇねぇ市之瀬さん”


 彼女はまたそんな風に声を掛けてくる。切り替え速いなこいつ。


 きっと生前もこんな感じで友達なんかに声を掛けていたんだろうなぁ。たぶん、俺とは違い社交的な性格だったんだろう。


 俺がスマホに目を向けたまま「なんだー?」と返事をすると、彼女はリビングがある方向に目を向けてから、口を開いた。


“お昼はまたラーメンを食べるんですか?”


「まぁな」


“むぅ……たまにはいいですけど、栄養偏りますよ”


 なんだかオカンのようなことを言い出した。

 じゃあコンビニ弁当でも買えと? まぁ嫌いではないんだけど……ちょっと高いし、日持ちしないしなぁ。


「料理すれば安上がりってのはわかるんだけどな――めんどうだし、そもそも料理とか学校の家庭科の授業ぐらいでしかしたことないし」


 節約すればその分、ゲームやら漫画やらの娯楽にお金が回せるし、貯金もできる。


 カップ麺ばかりでは不健康になることはわかってるし、こんな生活を送っていたら絶対に両親からお小言を言われてしまうだろう。いちおう、前の家から鍋とかフライパンとかは持ってきているが、まだ使ったことはない。


 だけど、料理なんてできないんだから仕方ないじゃないか。


“んっふっふ~。実は私、こう見えて料理が得意なんですよ! せっかくの春休みですし、私がレクチャーするので、市之瀬さん、料理に挑戦してみませんか?”


「……玲が料理得意とか信じられないんだが」


“できますもーん!”


 おバカだから料理ができないとは限らない。

 それはわかっているんだけど、こいつの場合平気で砂糖と塩を間違えそうだし、独創的なアレンジをめちゃくちゃ高頻度で行いそうな気がするんだよな。


 だけどまぁ、実際に手を動かすのは俺だから、変な事態にはならないと思う。

 暇つぶしに、やってみてもいいかもな。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 というわけで人生初の料理をすることになった。


 ソーメンを料理にカウントしていいのならば初めてではないのだけど、家で包丁やピーラーなどを使うのは初めてだ。というか、そもそもこの家に置いてなかったから、食材や調味料と一緒に買ってきた。俺の家にはまな板すらなかったからな。


“いいですね! お買い物はばっちりですよ市之瀬さん!”


 キッチンに並べられた食材やツールを見て、満足そうに頷く玲。

 彼女は『それともあ・た・し』発言をしたときに身に着けていた、ピンクのエプロンを装着しており、やる気満々だ。


 とりあえず家庭科の授業の記憶を頼りに、包丁を手に持ってニンジンをまな板の上に置いたところで、玲から待ったがかかる。


“ストップです! まずはしっかり手を洗いましょうね! そして包丁で切る前にピーラーで皮むきですよ!”


「なんか……玲に言われると癪だな」


 言っていることはとても正しいことなんだけども。このおバカに言われるとなぁ。


“ひどくないですか!? こう見えて料理は小学校のころからしっかりお勉強してるんですよ!?”


 どうやら、彼女は早口言葉以外にも得意分野があったらしい。

 第一印象からすると、想像しづらい分野だなぁ。

 

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