第45話 カップルと大学生
背中に玲を背負って、アパートの敷地外に出た。
境界線を通過するときは念のためゆっくりと、一歩踏み出したあとは玲の様子をうかがいながら、俺は歩道を歩いた。
あれだけ幽霊を怖がっていたし、もしかしたらそっちに意識が向きすぎて失敗するんじゃないだろうか……そんな一抹の不安を抱えてはいたけれど、
“えへへ~、外に出るのすごく久しぶりですよー! もう一生出られないのかと思ってました!”
案外大丈夫そうである。そして君の一生はもう終わってるんだぞ? まぁ、こうして会話できている以上、どこからどこまでを『一生』とするのかは、判断が難しいところではあるか。
玲は俺の背につかまった状態で、キョロキョロとあたりを見渡している。車が通ったり歩行者が通ったりしているため、俺はできるだけ普通に見えるように歩いた。
会話をするときも、口は大きく動かさず、声量は小さめ。不審者になってしまうからな。
「晩飯用だけじゃなくて、なんか好きなもんあったら買っていいぞ。お供えしとくから」
“い、いいんですか!?”
「大丈夫大丈夫。玲のお陰で、お金が浮いてるんだから」
“じゃあ三百円分ぐらいお菓子かってもいいですかね!? 五百円は贅沢しすぎですかね!?”
「ははっ、別にお菓子ぐらいなら値段を気にしなくてもいいぞ」
さすがに『ここからここまで全部!』とか言われたら頭をひっぱたくけど。
どうせ幽霊である玲はいくら食っても太らないし、お供えが終わったお菓子は他の住人たちに配れば喜ばれるはず。同じ出費で利益が二倍と考えれば、玲が欲しいものを買うことはコスパがいいと言えるのだ。
まぁコスパなんか抜きにしても、玲が欲しいものは買い与えてあげたいと思うが。
信号待ちで立ち止まると、玲は俺におんぶされた状態で頬をくっつけてくる。というか、押し付けてくる。ぷにぷにだ。
“もしいま薫さんが周りの人に見られたら、『頬が変な動きをしている人』みたいに見えるんですかね?”
「そうなっちゃうから周りに人がいるときはやめなさい。だけど、気持ちとしては嬉しいから人がいない時は好きなだけしていいぞ」
“そ、そう言われると恥ずかしいんですけど……”
好きな人からのほおずりだぞ? 嬉しくないわけがないだろ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
何事もなくスーパーデートは終わった。
いやほんとにね、玲が幽霊に出会ってしまったらどうしようだとか、できるだけ他の買い物客や通行人に不審に思われないようにしようとか色々考えていたのだけど、本当にあっさりと終わった。
他の幽霊には出会わなかったし、一番難易度の高そうだったお菓子コーナーも他の客がちょうどいなかったので、怜と会話をしながら選ぶことができたし。
あぁ、強いていえば、帰りは玲と手を繋いで帰ってきたので、俺の歩き方がちょっとだけ不自然に見えたかもしれないな。
すぐ横ですれ違った人もいたけれど、相手はスマホに目を向けていたので俺の手の動きなんか一切見ていなかった。
アパートに帰ってきてから、栞さんの家に行って玲のお菓子をお供えし、自室へと戻る。
“これからずっとお買い物できると考えると楽しいですねぇ~”
家に帰ってきてからも、玲は余韻を確かめるかのようにちょこちょこ部屋の外に出ていた。お嫁さんにはまだ遠いのかもしれないけど、カップルには近づけているのではないかと思う。
「今日なにか見たいテレビあるー? 俺は特にこれと言ってないんだけど」
“今日八時からクイズ番組ありましたよね? それがいいです!”
「了解~」
さて、スーパーに出かけるというイベントはあったものの、それ以外は普通の平日となんら代わりわない一日だ。一緒に夕食を食べて、軽く家事をこなし、風呂に入るという決まった習慣。
ただ、平日とはいえ今日は金曜日だから、明日が休みという意味で言えばちょっと気分も違うけど。休み前って嬉しいよね。
まぁそんな曜日による気分の違いよりも、俺はまだ玲と恋人になってからまだ間もないから、そちらの新鮮さのほうが俺にとっては大きい。ちょっとだけ、距離感が近くなった気もするし。
そもそも俺と玲は距離が近いような感じだったから、周囲の人から見たらあまりかわらないかもしれないけど……たぶん、十センチと五センチの差ぐらいなもんだし。
風呂から上がった俺の隣に座った玲は、なぜかそわそわした様子でこちらをチラチラと見ていた。何か言いたいけど、言いづらい――そんな感じ。
というわけで、こちらから問いかけてみることにした。
「どうした?」
“べ、別に何もないですよ!? た、ただ、薫さんは私の恋人なんだなぁと思ったら、なんだかその、えへへ”
なにこの可愛い生き物。いや、生きてないのか。死に物? それも変だな。
そんなしょうもない言葉遊びはいいとして、玲があまりにも可愛すぎるから、照れをこらえて玲を抱き寄せてみることにした。振り払われたらひっそり泣くことにする。
“ふぇ!? な、なにをしてるんですか薫さん!?”
「ハグ。可愛いから」
“か、きゃわっ!? も、もぉ~、薫さんは甘えんぼさんですねぇ”
しょうがないなぁという雰囲気で言いながらも、玲は俺に体をゆだねてくる。俺の希望的観測なのかもしれないけど、ちょっと嬉しそうだ。
テレビを見ながら玲の抱き心地を堪能していると、スマホが震える。立花さんからのチャットの通知だった。アプリを開いて内容を確認してみる。
『明日休みだし、いまから香織と一緒にそっち行っていい? カップル生活がどんなもんか聞きたいし。お出かけの感想とかもね!』
えぇ……もう夜の九時前なんですけど。いくら同じアパートに住んでいるとはいえ、自由過ぎないか? 大学生ってそんなもんなの?
玲にチャットの画面を見せながら「どうしようか」と聞いてみた。すると彼女はパッと顔を明るくして、
“つまりパジャマパーティということですね! お菓子を買っておいて正解でした!”
随分と楽し気にそんなことを言ったのだった。
大好きな彼女がそう言うのであれば、俺としては断る理由なんてないかなぁ。
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