第46話 いちゃいちゃを観測する




 立花もかさん、そして如月香織さん――だったか。


 高校時代、玲と同級生だった二人が、我が家を訪れることになった。


 苗字はともかく、下の名前はまだしっかりと一致できていないんだよなぁ。玲との会話で名前は聞くけれど、時々『あれ、どっちだっけ?』となってしまう。友達が少なかった弊害かもしれない。


 それはいいとして。


 これまでもちょこちょこと彼女たちは俺の家に玲の様子を見に来ることはあったけど、それは五分、十分といった短い時間であり、長居はしていなかった。


 俺が彼女たちの家に行くというパターンの時は、一時間近くお邪魔することもあったけど……だから、今回は時間帯といいシチュエーションといい、珍しいものなのだ。


「おじゃましまーす!」


「おじゃまするです」


 夜の九時過ぎになって、俺の二つ年上の女性二名が我が家にやってきた。二人ともスウェット姿で、気を抜いた格好をしている。


 まぁそれでも、服の色は立花さんが黄緑で、如月さんがピンクと言った感じで華やかだし、二人とも容姿端麗なので、俺の私服姿などよりも随分とおしゃれに見える。


 この状況、事情を知らない人がみればリア充そのものなのだろうけど……彼女たちの目的は俺じゃなく、俺たちだからな。というか、俺がオマケなので、玲たち――と言ったほうがいいかもしれない。


 彼女たちは慣れた様子で俺の家に入ってくると、テーブルの前に腰を下ろす。たまにはソファを使ってもいいのにな……そう思って手で促してみたけど、二人とも遠慮していた。


“んっふっふ~、何も言わずともちゃんともかちゃんたちはお菓子持ってきてますね!”


「『何も言わずともちゃんともかちゃんはお菓子持ってきてますね』――まぁ玲と違って少しだけだがな」


「この時間に食べて太っても知らないですよ」


「香織は美意識高いね~、これぐらいなら大丈夫だって」


「その油断が贅肉となるです」


“ふふっ! 私は太らないんで食べ放題です!”


「「それはずるすぎ」」


 玲の言葉を復唱すると、即座に大学生二名が抗議の声を上げる。たしかにチート感はあるなぁ。


 ただ、彼女は幽霊ということで腹が膨れることはないから、そういった満足感を得られない代わり――と思えば怒りも収まるだろう。そう思って二人に説明してみたけど、それでも玲は二人に羨ましいと言われていた。失敗。


 彼女は先ほどスーパーで買ったグミを嬉しそうに頬張りながら、友人二人の周りをふよふよと自慢げに漂ったのち、俺の隣に帰ってくる。


“薫さんも何か食べます?”


「んー、俺は飲み物だけでいいかな」


 夕食がっつり食べたし。親子丼うまかったからな。


「市之瀬くん、お腹が空いたらもかのお菓子を食べていいですよ」


 如月さんがテーブルの上に置かれたスナック菓子をこちらにスススと寄せてくる。


「ちょっ、別に私は何も言ってないんだけど!? あ、いや、別に市之瀬くんが食べてもいいんだけどね? 香織が許可するのは違うじゃん!」


「私はもかの贅肉を減らす手助けをしただけです」


「別に贅肉ないも~ん」


「……じゃあこれはなんです? このぷにぷにはなんです?」


「――あひっ、ちょっ、香織!?」


 如月さんと立花さんがいちゃいちゃしておられる。最初は如月さんが立花さんのお腹を摘まんでいたのだけど、相手も対抗し始めた。


 お互いに文句を言いながらその場に倒れこんで、お腹を触りあっている。いつの間にか彼女たちが身に着けていたスウェットはへそが見えるぐらいまでめくりあがっていて、直接ムニムニとお互いの肉を掴みあっていた。


 まぁその光景も、俺は途中から見えていないのだけど。


“だ、ダメですよ薫さん! これは見ちゃダメです!”


 いちゃいちゃの光景を見ることができないのは、俺の隣に座っていた玲が背後から目隠しをしてきたからだ。目にかかる圧力に耐えながら無理やり瞼を持ち上げたら見えないこともないのだけど、玲が嫌がるというのであれば我慢することは苦ではない。


「ちょっ、もか! 市之瀬くんがいるですよ!? ぶ、ブラが――」


「あんただって私の服めくりあげてるでしょうがーっ!」


 ……苦じゃないったら苦じゃないのだ。




 しばらくそんな状態が続き、大学生二名が落ち着きを取り戻したところで、話題は俺と玲の恋人生活についてのものになった。


 他人から見られることがない、外に出かけるのには制限がある、その他にもちょこちょこと差異はあるのだけど、生きている人間と付き合ったことのない俺からすれば、正直この違いはどうでもよかったりする。


 そもそも、俺はこれから死ぬまで玲と過ごすつもりなのだから、生者同士の恋愛との違いなんて別に知る必要はない。


「今は一緒に寝てるですか?」


「あー……まぁ、はい。最近はそうですね」


 頬を掻きながら如月さんの質問に返答する。ちょっと恥ずかしい。


「毎日一緒に恋人とかー。どうなんだろ、私は結構一人で寝るほうが好きだけど」


 なるほど。恋人とはいえ、一人で寝たいという人もいるのか。俺は一緒にいられたらそれだけで嬉しいのだけど。


 玲はどうなんだろうと思いながら、隣に目を向けて見ると、彼女は視線を泳がせながら口を開いた。


“ま、まぁ、私はどっちでもいいですけど? 薫さんが一緒に寝たいって言うなら? 別に断る理由もないですし? こ、恋人ですからね!”


「まぁ俺は別に強制しているわけじゃないから、玲が来たかったらでいいぞ。俺としては、一緒に寝られたほうが嬉しいけど」


 苦笑しながらそう言うと、如月さんが「市之瀬くん市之瀬くん」と声を掛けてきた。


「たぶん玲は『どっちでもいい』とか言ってると思うですが、それはただの照れ隠しです。たぶん、市之瀬くんが『別々に寝よう』って言ったらすごく拗ねるですよ」


「……なるほど、そうなのか玲?」


“……違いますもん”


 あ、もう拗ねちゃってるわ。ということは、如月さんの言葉は図星ということでいいのだろうか。



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