第47話 枕が変わると眠れない




「あっはっは! 玲はもっと積極的に行かなきゃ~、市之瀬くんに愛想尽かされちゃうぞ~」


“そ、そんなことないですよね!? 薫さん、わ、私、ちゃんと彼女やれてますよね!?”


「大丈夫ですよ立花さん。そもそも俺たちはお互いに初めての恋人なので、探り探りって感じですから。なぁ玲」


“そ、そうなんですよ!”


「そうですよもか。二人には二人のペースがあるですから――ところでもうキスぐらいはしたですよね?」


「前半と後半の言葉が上手く嚙み合ってないような気がしますね……」


 ――と、そんな風に会話を続けること数時間。そう、数時間である。

 明日が休みとはいえ、深夜零時近くともなるとさすがにもう寝たい気分だ。


 学生という身分で言えば、仲のいい友人たちと夜通しで遊び倒すなんてこともあり得そうだけど、あいにく俺にはそこに該当する友人が存在していないので、未経験。つまり眠い。


 しかし、年上二名と彼女が楽しそうに会話をしているなか、『そろそろ遅い時間なので』と言い出すのも難しく、もし彼女たちの家が遠かったなら『終電が』とか『危ないですよ』なんて声掛けもできたのだろうけど、徒歩十秒ほどの距離というか、床一枚挟んだ下に彼女たちの家があるために、そんなことも言えない。


 結局、俺は眠気をこらえながら三人の会話に交じるのだった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「……やっべ」


 壁に掛けてある時計を見ると、深夜の三時。

 いつの間にか眠ってしまっていたらしいが、俺はソファに綺麗に横になっていた。玲が頑張って俺の体勢を微調整してくれたのだろう。あまり力はかけられないはずだし、頑張ってくれたに違いない。


 まぁ俺のことはいいんだけど、問題はこの二人だよなぁ……。


「どうしよう……」


 立花さんと如月さんは、テーブルに足を入れるようにして二人で横になり、警戒心皆無で寝息を立てていた。二人ともシートクッションを折り畳んで枕代わりにしている。寝落ちというよりも、寝る気満々って感じだったんだろうなぁ。


 そして本来寝る必要のない玲も、すやすやと寝息を立てている。場所的に、俺が寝ていた時の顔と向き合うような顔の位置だった。俺の寝顔を見ながら眠ったんだろうか。


「とりあえず、二人になんかかけとくか」


 時期的に寒くはないだろうけど、何もしないってのも気が引けるし。


 というわけで、寝室から布団の半分ぐらいのサイズのブランケットを持ってきて、いったんテーブルを持ち上げて端に寄せる。それから二人の顔から下を覆うようにブランケットをかぶせた。


 よし、これでテーブルをもとに戻せば――、


“んぅ……薫さん、何してるんですか?”


 横になった二人を見下ろしていると、背後から声がかかる。どうやら玲が起きたらしい。


「あぁ、起こしちゃったか。二人がこんな状態だからせめて布ぐらいかけとこうと思ってな」


“ふーん……二人にエッチなことしてないですよね?”


 ジト目で玲が俺を見る。んなわけあるか。


「あのな、彼女の友人にそんなことするわけないだろ。もしやるとしても玲にするわ」


“んふっ、薫さんのエッチー”


 まだちょっと寝ぼけてる感じだな……というかなんで嬉しそうにしてるんだお前は。


 いつもなら照れ隠しっぽく『ダメに決まってるじゃないですか!』とか言いそうなもんだけど。ちょっとだけ開放的になっているのだろうか。


 よりかかるように俺の背につかまってきた玲の感触を味わいながら、テーブルを元の位置に戻す。彼女たちを起こしてから下の部屋に戻ってもらうことも考えたけど、別にこの人たちが気にしてないなら問題ないだろう。


 俺のほうが先に寝ちゃったみたいだし、これで怒られることはあるまい。


「玲は二人と一緒に寝るか?」


 電気のスイッチに手をかけながら聞くと、彼女はぶんぶんと顔を横に振った。


“わ、私、枕が変わると寝られないんですよね”


「……そっか、了解」


 玲に触れられるのは俺ぐらいだから、枕も何もないのだけど……これは照れ隠しだろうからツッコミはやめとくか。


 というわけで、玲を背負ったまま洗面所に移動し、歯磨きをしてから寝室へ移動。

 ベッドに横になると、怜も一緒になって横になった。


 幽霊の感じる眠気って、どんなもんなんだろうなぁ……眠ろうとすれば眠れるって話だし、睡眠欲的なものはあまりないと思うのだけど。


 そう思いながら、隣の玲を見る。俺の右腕を少しだけ移動させて、そこに自らの頭を乗せた。


 あぁ……たしかに普通の枕は使えないけど、俺の腕枕なら大丈夫なのか。

 そういえば、これまでも何度か俺の腕を枕にしていることがあったな。


 玲は俺の腕の感触を確かめるように、何度かポジショニングを調整。良い場所を見つけたのか、気持ちよさそうに目を細めた。


「そりゃ光栄だ」


“んふ~、私はこの枕が良いんです”


 もし枕をお供えしたらこの幸福は消えてしまうのだろうか――そんなことを考えながら、俺は夢の世界に旅立つことにしたのだった。


 



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