第48話 いざファーストキス




 大学生二人が我が家にやってきた日の翌日。


 大胆にも男の家で眠った彼女たちは朝目覚めると、大して悪びれた様子もなく『ごめんごめん』と俺に謝ってから、自分たちの家に帰って行った。


 恋愛経験者の立花さんから有益な情報が得られるかもしれないと頭の片隅で思っていたけれど、終わってみれば『何を話したっけ?』となってしまった。中身がないというか、俺たちに対するからかいが主だったからなぁ。


 で、玲と一緒に朝食を食べ、家事をこなしてからしばしのんびりタイム。

 今日は何をしようかとソファに座ってぼんやり考えていると、


“ねぇねぇ薫さん”


 いつもの調子で玲が声を掛けてきたので「どうしたー?」と俺もいつもと同様の返答をする。


“私たちはほら、カップルになったわけじゃないですか”


「だな。幸せの絶頂だ」


“ちょっ――まだまだ私たちの恋愛は始まったばかりなんですからね!?”


 打ち切り漫画かな? まぁ今回に関しては玲が正しい。本当にまだ始まったばかりだし。


 やれやれと言った様子でため息を吐いた玲が、俺の正面にぷかぷかと浮かびながら再度口を開く。


“私たちはもっとカップルとしてレベルアップをしていくべきだと思うんですよ! 薫さんが私の、その、旦那さんになるためのステップアップみたいなものです!”


 自分で言っておきながら恥ずかしかったようで、玲は顔を真っ赤にしつつ早口で言った。


 ふむ、ステップアップね。駐車場デートからスーパーデートにランクアップしたみたいなやつのことを言っているのだろうか。はたしてあれをレベルアップと呼んでいいのかはわからないが。


「なるほどね……じゃあ世間一般のカップルをネットで調べて、できることを箇条書きにでもしてみるか?」


 残念なことに、その辺りのことを立花さんたちに聞けていなかったから。


“っ! それはいいですね! ぜひやってみましょう!”


 そういうことになった。恋愛未経験者の二人だから、ちょっと難しいこともあるかもしれないけれど、玲の言う通り、ステップアップはしておきたいかもな。俺たちペースで、のんびりとやっていこう。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 名前で呼び合う……もうやってるな。

 手を繋ぐ……もうやってるな。

 ハグをする……もうやってるな。

 キスをする……これはまだだな。ほっぺならされたけど。


 俺はスマホとにらめっこしながら、カリカリとペンを走らせる。玲は俺の書いた文字を隣で見ながら、ふむふむと興味津々な様子だ。たまに顔を赤くしたりしていた。


 一通り書き終えてから、俺はしみじみと呟く。


「なんかさ……できることほとんどやってる感じだな」


 というか、付き合う前からここに書いてあることは大体やってしまっているような気がする。


 もはや俺たち、付き合うよりも前に付き合っていたのでは? いや、それはさすがに意味がわからないか。なんだそれ。


 まぁともかく、俺たちは付き合う前からカップルのようなことをすでにやってしまっていたらしい。もちろん、俺はまったくの無自覚じゃなくて、『これって友達同士でやるようなことじゃなくない?』という疑問を抱えてはいたけれど、それはあくまで疑問であり、確信に至ってはなかった。


 いま、確信してしまったけど。


“〇〇に行くとかは難しいですからねぇ。……すみません”


「別に謝ることじゃないさ。逆に、俺たちだからこそできることもあるだろうし」


 駐車場デートとかはちょっと変なのかもしれないけど、同棲とかは玲が幽霊だからこそ、気軽にできるって感じだし。


 あとはペアルックなどのおそろいの物を身に着けるだとか、夜寝る前に通話するとか、モーニングコールをするとかそういうのもあったけど、できるものとできないものがあるからなぁ。


 俺の部屋着であるスウェットとかはすでに玲にお供えしているから、一応ペアルックと言えばペアルック……なのか? わからん。


『恋人がすること』という安直なネーミングのタイトルで箇条書きにしたものを眺めながら、腕組みをしてうなる。どれからやるのが一番いいだろうか。


“……あの”


「んー? どうしたー?」


 返事をしながら玲を見る。彼女は視線をノートに落としたまま、ゆっくりと指を動かした。彼女が人差し指で示した場所は――『キスをする』と書かれている部分。


“か、薫さんがしたいのなら、私はいいですよ……?”


 もじもじと落ち着かない様子でそう言うと、俺を上目遣いで見てくる。やや目を潤ませているのは、恥ずかしすぎるからだろうか。


「……できそうなの? 玲」


“た、たぶん、いけます! ち、ちなみに私はファーストキスです!”


「俺もそうだけどさ」


 キスってさ、お互いに『さぁやるぞ!』って意気込んでやるものなのだろうか? たぶん、違うんじゃないか?


 いやしかし、しかしだ。玲とキスをしたいかしたくないかで問われたら前者と答えるのは明白だし――俺たちはそもそも関係が一般的じゃないんだから、これぐらいのズレは許容範囲としていただきたい。


 俺は玲の肩に両手を置いて、じっと目を見つめる。俺も顔がめちゃくちゃ熱いし、怜も真っ赤だ。だけど、俺の視線から目を逸らしてはいない。


“目、目を閉じるんですよね?”


「そうらしいな」


 というわけでお互いに目を瞑る。え? 何も見えないんですけど。


 これで相手の唇を正確にとらえるとか難しくない? 世間のみんなは心眼でも持っているのだろうか。



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