第49話 初めての……




 お互いに目を瞑っているが、俺は玲の肩に手を置いているので、彼女との位置関係はおおよそ把握している。が、しかし、彼女の顔がいまどの角度を向いており、唇がどこにあるかだなんてわからない。


 キスの時は、目を瞑るのがマナー。そんなことが、ネットに書いてあったし、テレビで見るドラマのシーンなんかでは、たしかにこのマナーに従っていた。


 まぁいい、あたって砕けろだ。


「じゃあ、行くぞ」


“あぅ……はい”


 玲の身体が強張るのがわかった。ぎゅっと縮まったような感じ。

 ゆっくりと深呼吸をしてから、彼女の顔に近づいていく。おそらく、そろそろ――、


「……鼻か」


“――鼻、ですね”


 鼻同士が衝突した。お互いにびくっとして、距離を取る。キスへたくそ選手権とかあったら出場したくなった。別の意味で恥ずかしいわ。


「アレだな、最初に目を開けておいて、しっかり位置関係を把握してから目を瞑ればいいのか」


“う、薄目とか開けてたらいいんじゃないですか?”


「それって玲的にはセーフなの? マナー違反とか書いてあるけど」


“そ、その、くっつく瞬間は恥ずかしいから、瞑っていてほしいですけど……”


「なるほど。じゃあそうするか」


 淡々とした口調を心がけてはいるけれど、正直めちゃくちゃ照れている。恥ずかしくてたまらない。だってこんな経験をしたことがないんだから。


 鼻の衝突事故に関しては思わず笑ってしまいそうだったけど、笑ったらこのキスはお流れになってしまいそうだったので、堪えた。頑張った。


 再び玲の肩に手をおいて、今度は薄目で近づいていく。玲も同様に薄目を開けているようで、俺の顔が近づいていけばいくほど、体を緊張させているようだった。


 そして、目と鼻の先に玲の顔が近づいたところで、玲がぎゅっと目を瞑る。俺もそれに合わせて、目を瞑った。


“――ちょ、ちょちょっ、ちょっとタイムです! は、は、は、恥ずかしくなっちゃいました!”


「お、おぉ――気持ちは痛いほどわかるぞ」


 玲が体を左右に大きく振りながらそう言ったので、俺は慌ててまた顔を遠ざける。玲は顔を真っ赤にしてリビングを飛び回った。そして再び俺の前に戻ってくると、“すみません”と頭を下げる。


「謝ることじゃないさ。まぁ別にいま無理やりしなくてもいいんだし……」


“あぅ……でもその……あの、いましたいんです”


 できればお互いにその気になったときにしたいと思ってそう言ったのだけど、案外玲はキスに対して乗り気らしい。がしかし、恥ずかしさが堪えられないようだ。


 なんだろうな……付き合う以前――俺が玲に対して好意を示す前だったら、『ハグ』だの『ほっぺにキス』だと玲のほうからどんどんやってきていたんだけどなぁ。


 恋愛上級者アピールでもしたかったのかもしれない。実際のところ、上級者でもなんでもなかったわけだけど。


 隣に来た玲の肩に、再び手を掛けると彼女はピクリと体を震わせる。


“あぅ――あっ、い、いい案を思いつきました!”


 顔を真っ赤にしたまま人差し指を立てる玲。“こっちに来てください”と言いながら、彼女は俺の寝室に向かっていく。何を考えているのだろうかと疑問に思いながら彼女の後を突いていくと、玲は俺のベッドで横になった。


“こう――私は寝っ転がってますので、逃げられないように薫さんが組み敷くような感じですれば、きっと大丈夫です!”


 何が大丈夫なの? そんな無理やり襲うような感じでするのは申し訳ない気持ちがあるんですが。


 というかさ、


「俺が上に覆いかぶさっても、玲ってベッド貫通するからさ、意味ないと思うんだが」


 玲が上にくるほうがまだマシである。


“私の頭の後ろに手を回せば大丈夫なんじゃないですかね?”


「……まぁ、それならいけそうだけど」


 それなら寝っ転がる必要なくない? なんて現実的なことを考えてしまう。もしかしたら玲としては、こういう感じのシチュエーションが好きということなのだろうか。


 もしそうだとしたら、俺としては玲の願いを叶えてあげたいところ。

 というわけで、寝そべった玲をまたぐように膝を突き、左手は玲の頭を抱えるようにしつつ、右手で体重を支える。


 ……なんかやばいぐらい緊張するな。いまどき高校生どころか中学生だってキスぐらいしてると思うんだが、全員俺たちのような軌跡をたどったのだろうか。さすがに違うだろうなぁ。


 ふう、と強めに息を吐いてから、玲に顔を近づける。


 彼女は薄く目を開けており、俺が近づき始めたところでぎゅっと目を瞑り、体は金縛りにでもあったように硬直していた。なんだか、俺以上に緊張している玲の姿をみると、いくらか気分が楽になった。


 狙いを定めてから、そっと唇と唇を重ねる。温度は感じず、グミにでも唇を押し当てているような感じだった。本当にこれは唇なのだろうかと思ったけれど、かすかな動きを感じたので、どうやら間違ってはいないらしい。


 顔をゆっくり離して目を開くと、顔を真っ赤にした玲はいまだにぎゅっと目を瞑っていた。俺もこれぐらい顔が赤くなっているんだろうなぁ……あー、顔が熱い。


「もう目を開けてもいいんだぞ?」


“――はっ、恥ずかしくて無理ですぅっ! いま薫さんを見れません!”


 その気持ちはわかるとも。だってたぶん玲が目を開けていたら、俺は視線を逸らしていただろうから。





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