第57話 可愛いから良し!




 とある日の平日。


“ねぇねぇ薫くん”


「どうしたー?」


 夜、ベッドの上で寝転がり、スマホのパズルゲームをしていた俺に玲が声を掛けてきた。


 彼女との恋人生活にも慣れてきたけれど、お互い初めてのお付き合いということで、新鮮なことはまだまだ残されている。


 まぁのんびりと彼女と前向きな未来を考えていると、現実的な問題も見えてくるわけだ。


 だけど、彼女と結婚するにあたっての届出なんてものは無視。俺たちは世間一般の常識からかけ離れた恋愛をしているわけだし。


 それよりも、俺の両親へどう伝えようか迷っているわけだ。


『この子と結婚したい』


 そう言って紹介された子は息子にしか見えない幽霊だった場合、はたしてうちのオトンとオカンはなにを言うのか。いちおう、両親には彼女に告白した時に『幽霊に恋をした』と伝えていたから、そこまでビックリはしない気もする。


 俺の親だしな。普通じゃないことには慣れっこだろう。


“んふふ~、呼んでみただけです”


「可愛いやつめ」


“べ、別に、か、可愛くないですもん!”


 もう付き合い始めてから二か月は経っているのだけど、まだ彼女は俺の誉め言葉になれていない。それでいて自重する気もない俺もどうかと思うけど、まぁ嫌がっている様子じゃないからいいんじゃないかなぁと自己完結している。


 それにしても、結婚かぁ。


「……ま、なんにせよ働きだしてからだよな」


“? なにがです?”


「あぁ、ごめん。なんでもない」


 さすがに『いつプロポーズするか考えていた』だなんて、気が早すぎると笑われちゃいそうだ。この気持ちは絶対に変わらない自信はあるけれど、当然自分で稼いだお金で指輪を送るつもりだし、俺は年齢的にも精神的にもまだまだ未熟者だ。


 玲には内緒で、ちゃくちゃくと外堀を埋め、準備を進めていくことにしよう。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 まずは、クラスメイトの優から。


 一番アパートの外で話がしやすい彼女から、登校中に今の俺の気持ちを話すことにした。回答としては『いくらなんでも気が早すぎじゃない?』とのこと。うん、ですよね。


 別に数年後のことを今から考える必要はないと思うのだけど、直前になって『やっぱり二人のことは認めない』だなんてことになったら嫌だったので、こうして話をしているわけだ。


 まぁぶっちゃけて言えば、幽霊である玲との関係だなんて、誰の了承を得る必要もないんだよなぁ。だって俺にしか彼女の姿は見えないのだから、いくらでも誤魔化せるし。


 だけど、俺は清く正しく、彼女と向きあいたいのだ。家族同士も、良好な関係でいてほしい。駆け落ちまがいのことをするよりも、両家が仲良しであるほうが玲としても幸せだろうし。



 で、そんなことを優に話した翌日のこと。


“あ、あのう……”


 風呂あがり、髪を乾かし終えたところで、玲が気まずそうに顔を赤らめながら俺に寄ってきた。ドライヤーを片付けつつ「どうかしたか?」と聞いてみる。


 彼女はソファに座る俺の隣にやってきて、少しだけ触れ合うような距離に座った。


“い、いつもですね、薫くんがお風呂に入っているときは、テレビを見たり、他の部屋に行ってみんなの様子とかを見ているんですけど……”


「まぁ暇だろうしな」


 いちおう、玲が見るだろうとテレビを点けっぱなしにしたりしているけど、番組を途中で変更するなんてことは幽霊にはできないからなぁ。


 それはさておき、何か言いたいようだが他の部屋でなにかあったのだろうか。照れているような雰囲気だけど。


“今日は優ちゃんと灯お姉ちゃんのところに行ってまして、そこで二人の話を聞いちゃって”


「……ほう」


 おやおや、なんか嫌な予感がしてきましたよ。


“そ、その、薫くんが、け、結婚のことを前向きに考えてくれてるって――”


「オーケー、理解した」


 ……ふむ。バレないように進めようと思っていたけど、即バレしてますね。数年がかりの作戦のつもりだったけど、翌日で破綻してしまったんですが。


「そりゃ俺は最初から玲を『お嫁さん』にするって気持ちだったからな。二か月も経ったわけだし、そろそろ『本気なんだぞ』ってことを周りに伝える必要もあるのかなと」


 勢いに任せただけじゃなくて、ちゃんと本心からなんだぞ、と。こんなことを言えば『若造が何を言ってんだ』と言われるのがオチな気もするが。


 まぁ別に玲にバレたところで特に問題はない。ただ、万が一ことを進めていくなかで状況が芳しくなかった場合、玲を悲しませる可能性があったからな。


 だけどこれは、玲の身の回り人たちを見る限り、ほぼほぼありえないと言ってもよさそうなんだよな。


「もちろん、玲に反対されたら元も子もないんだけどさ」


 苦笑しながらそう言うと、玲はニンマリと笑顔になる。いたずらっ子の笑みだ。


“んふふ~、どうしましょうかねぇ~”


「そっか。じゃあひとりで成仏頑張れよ」


“――うぇ!? うそ! うそです! 私は嘘をつきました! 冗談です! 薫くんも冗談ですよね!? 私がからかったから仕返しをしただけなんですよね!? そうなんですよね!?”


 玲の予想通りからかい返しただけなのだけど、彼女は焦った様子で俺の肩を掴む。ぐいぐいと俺を揺さぶろうとしているが、実際に揺れているのは玲のほうだ。ナニがとは言わないけど揺れていた。


「お、おう。冗談だよ、もちろん」


“もぉ~、薫くんのばかぁ!”


 玲が言い出したんだろうに。だけどまぁ、可愛いから良し。



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