第56話 男を見せる
「ほんのり温かさは感じるんだったよな?」
“き、気持ちの問題なのかもしれないですけど……はい”
「それにしても……なんか照れるよなぁ」
“照れるどころの騒ぎじゃないですからね!? 一緒にお風呂ですよ! 同年代の異性と! 顔が爆発しそうです!”
まぁそりゃそうだよな、照れないほうがおかしい。
こういった経験が積み重なれば徐々になれていくのだろうけど、本当にそうなってくれるのだろうかと疑問に思える。
身体を洗い終えた俺は現在湯船につかっており、体が汚れていない彼女もまた、一緒に湯船につかっている。
当然ながら質量を持たない彼女はお湯につかっても波一つ立てることがないから、彼女が動いたところで何の影響もない。まぁ肌が触れ合えばドキッとするけども。
“あ、あとはいっぱいキス……”
「別に無理にしなくてもいいんだぞ? 嫌々されても嬉しくないし」
“嫌じゃないから困ってるんですよ! 恥ずかしいんです! わかってくださいよこのポンコツ!”
玲にポンコツ呼ばわりされてしまった。ちょっとゾクゾクした。
変な性癖に目覚めてしまわないためにも、話を別方向へ。いや、別方向と言うか、軌道修正というか。
「ほら、『いついつまでに』って時間制限はしてなかったんだし、明日でも明後日でも、一か月後でも一年後でもいいじゃないか。慌てる必要はないんだし」
約束を守ろうとする玲に、そんな譲歩案を提示する。
これならば玲も逃げ道として使いやすいんじゃないだろうかと思ったけど、彼女はぶんぶんと顔を横に振った。
その振動でバスタオルに包まれた胸もプルプルと揺れるが、俺はぐっと顔を上に持ち上げて視線を玲の顔に固定。頑張った。
“き、今日中にしてみせます! 宣言します! 約束します!”
「お、おう……まぁ玲が良いならそれでいいんだけど……」
ぐっとこぶしを握って天に掲げる玲。その言葉を言わなかったらまだ十分逃げられたのだけど……自ら逃げ道を塞ぎたかったということは、キスに対して前向きであると考えてもいいだろうか。嬉しい。
まぁそれはいいんだけど……、
「あ、あの玲、タオルが」
“? タオルがどうしたんですか?”
胸元で織り込んでいたタオルが、こぶしを突き出した振動で外れかけていた。彼女が少し動いただけで、徐々に緩んでいっている。
「ゆっくり、ゆっくりだぞ? ゆっくりと自分の状態を確認しろ」
俺が念を押しながら声を掛けるも、玲は忠告を無視して普段通りの動きで顔を下に向ける。その振動が決定打となって――、
“――っ!? か、薫くん!? ダメです!”
玲を包んでいたバスタオルが、はらりと落ちた。
彼女の身体はお湯の中なので、本来ならば水の抵抗のお陰で致命傷は防げたはずなのだけど……彼女の認識の甘さゆえか、バスタオルはすとんと落ちたのだ。落ちてしまったのだ。
俺の網膜には、生まれたままの姿の玲が映る。
「大丈夫! 見てない! ……ちょっとしか」
慌てて顔を手で覆い視界を封じてから、弁明の言葉を口にする。正直に。
“見てるじゃないですかぁ! 薫くんのスケベぇっ!”
「寝たらきっと忘れるからさ! ……たぶん」
“自信ないんじゃないですかぁ! ばかぁ!”
「そりゃそうだろ! 思春期の男子なめるなよ!」
“ひ、開き直ってる!? も、もっと薫くんも恥ずかしがってくださいよ!”
玲は俺の反応に驚きながらも、ごそごそと動いていた。たぶん、バスタオルを巻きなおしているのだろう。
悪いな……玲。こういう時は開き直ったほうが有利であることを俺は知っているんだ。勝ち負けの問題じゃないのは、わかってるんですけどね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
“うぅ……もうお嫁に行けません”
「いや、俺のところにお嫁に来るんだから大丈夫だろ」
“たしかに! それもそうですね!”
秒で納得してくれた。話が早くて助かる。
初めてにして思い出に残る一緒のお風呂が終了してから、玲はしばらく姿を見せなかったのだけど、俺がドライヤーを終えるころにはあっさり部屋に戻ってきて、マウスくんのぬいぐるみを抱きしめながらソファの上で猫のようにまるまっていた。
そして、先の『お嫁に行けません』発言である。
とりあえず恋人から――っていう話だったけど、もう彼女のなかで俺のお嫁さんになることはほぼ確定しているらしい。まぁ俺も、そのつもりでいるからむしろこの変化は大歓迎なのだけど。
よし、ここは俺も男を見せよう。
彼女にばかり恥ずかしい想いをさせてしまうのは、可哀想だからな。
「玲、ちょっとこっち向いて」
“……なんでしょう?”
マウス君にうずめていた顔を上げて、玲が俺を見る。俺は彼女の頬を両手で挟むようにして持ち上げて、彼女の唇に自らの唇を押しあてた。
ひどく恥ずかしいけれど、彼女は俺以上に恥ずかしいだろうと言い聞かせて、なんとか羞恥心を抑え込む。
“――んっ!?”
突然のキスに目を見開く玲。しかし、すぐにぎゅっと目を瞑った。俺はすっかり目を閉じるというマナーを忘れていたので、彼女のその変化をしっかりと見届けることになったのだった。
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