第26話 ポイントを使われた



“ねぇねぇ市之瀬さん”


「どうしたー?」


 休日の朝、スマホでパズルゲームをしていた俺に、玲が声を掛けてくる。

 俺はスマホの液晶を消して、隣に座っている絶賛片想い中の女の子へ目を向けた。


“なんでポイント全然使わないんですか?”


「あー……それな」


 ちょっと拗ねたような表情をした玲からの質問に、俺は腕組みをしながら生返事をする。


 彼女から新規のポイント制度が告知されてから数日。色々なところでポイントが貯まり、すでに百ポイントを超えている状態なのだが、俺はまだ一度も彼女に報酬を要求していなかった。


 そりゃ初日は『ハグだ―! 添い寝だー! ファーストキスだー!』とテンション爆上げだったのだけど、いざ冷静になると、低ポイントのマッサージや膝枕でさえ申し訳ない気持ちが強くなり、結局何もしていない状態だった。


「というか、まるで『使ってほしい』みたいな言い方だな。キスしてほしいのか?」


“べ、別にそんなこと言ってないですもん! で、でも、市之瀬さんが頑張って獲得したポイントが使われたのなら、仕方がないかなぁなんてことも思ったり……”


 俺はいつ頑張ったのだろうか。幸せな時間しかなかったが?


「安心しろ。玲が嫌がることは、しないと決めてるからさ」


 ちょっとかっこつけた風に言ってみた。口角を片方だけクイっとあげておこう。

 市之瀬さん! かっこいい! 素敵!


 そんな返事がきたらいいなぁと思ったけど、玲は不満そうにうなるだけ。かろうじて口を開いたかと思えば、“なんでそうなるの”とよくわからないことを言っていた。


 そりゃ玲が好きだからだよ――と言いたくなったけど、最近好き好き言い過ぎな気がするから、控えることにした。俺は我慢できる系の男子なのだ。


 しばらく明後日の方向を向いてもにょもにょと言っていた玲だが、ふんっと鼻から強く息を吐いて、俺を見る。


“じゃあもういいです! 私が使います! ほら! どうぞ!”


 そう言って、ほんのり顔を赤らめた彼女は自らの太ももをぺしぺしと叩いた。これはもしや……伝説の?


「膝枕……いいのか? 本当に?」


“いいんです! 早く! ごちゃごちゃ言わないでくださいよ!”


「――はっ、もしかして玲、貯まり続けるポイントがストレスになってたり……」


“してないです! もうバカ!”


 いまだに現実感を覚えていない俺に、玲は実力行使に出た。俺の頭を両手でガシッと掴み、自らの太ももに落とす。俺はされるがまま、コテンと横に倒れた。


 お、おぉ……やわらか、なんだこれ。


“ど、どうでしょうか? 頭の位置、これでいいんですかね?”


 先ほどまでの勢いはどこへ行ってしまったのか、不安そうに玲が問いかけてくる。どうやら玲も俺と同じく初体験のようだ。


「最高。言うことなし。というか、これが二ポイントとか嘘だろ。五十ポイントぐらい必要なんじゃないか?」


 なんというか、俺という存在を許されている感じがする。

 肌の温かみは残念ながらあまり感じられないのだけど、柔らかさは制服のスカート越しではあるが、十分すぎるぐらいに伝わっていた。


 俺の視線はローテーブルのほうに向いているので、彼女がどんな表情をしているのかはわからない。顔が見たくなったので、態勢を変えて上を向いてみた。


“な、なんでしょうか?”


 おどおどした様子で玲が聞いてくる。視線を合わせてはそらし、合わせてはそらし――それを何度か繰り返した。


「やっぱり玲は可愛いなぁ……うん。世界一だ」


 あ、やべ。


“な、なな、にゃに言ってるんですか!”


「すまん。心の声が漏れた」


“も、もぉ~、私はそんなこと言われなれてなくて恥ずかしいんですから、ほどほどにしてくださいよ?”


 ほどほどに――っていうところに玲の優しさがにじみ出ているよなぁ。しかし言われ慣れてないとは、玲の同級生は見る目がなかったのか? それとも面と向かって言っていないだけか?


 まぁそれはどっちでもいいか。


 下から見上げる彼女の顔や、制服を盛り上げている二つのふくらみにドキドキしながら膝枕を堪能していると、思いがけないオプションが追加された。


 なんと玲が、俺の頭をなで始めたのだ……!


「……これは追加で何ポイント必要なんだ? それとも現金が必要か?」


“ふぇ!? こ、これぐらいサービスですよ! それにお金とか触れないですって! えっと、あの、そう! これは私を気遣って、ポイントを使わなかった市之瀬さんへご褒美です!”


 なんてこった。性格まで最高過ぎるだろ玲。好き。もっと惚れちゃうぜ。

 しばらくこの幸せな時間を堪能したかったのだけど、ふと思いついたことがあったので、口を動かしてしまった。


「そういえばさ、呼び方とか喋り方とかはポイントでどうにかならないのか? 玲はずっと俺のこと『市之瀬さん』って呼んでるけど。それにずっと敬語だしさ」


 まぁこれはあくまで俺の願望。だけど、俺も彼女のことを下の名前で呼んでいるし、いまは年齢一緒だし。もしかしたらいけちゃうのでは? と思ってしまったのだ。


“け、敬語はこちらのほうがしゃべりやすいので、今はまだこのままで……”


 まぁ難しいなら仕方ない。嫌がることはしない。

 しかし敬語ということは、これはもしや……


“か、薫、さん?”


 いけちゃってしまったぞ……! やばいやばいやばい、これはやばい!

 しかもちゃんと名前を憶えてくれていた! 嬉しい!


「……もう一度お願いします」


“か、薫さん!”


「おぉ……すごい破壊力だ。もう死んでもいいかなって思ったわ」


“ダメですよ! もぉ~、薫さんは私を成仏させてくれるんでしょ?”


 あぁ、困ったような表情も、やっぱり可愛いなぁ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る