第27話 彼シャツ
膝枕で十分すぎるぐらいの栄養補給を終えてから、体を起こす。時間について何も言及されていなかったけど、さすがに甘えすぎるのも良くないと思い、時間としては五分ぐらいで報酬を終えた。
「なにかやりたいこととかあるか?」
ここ数日は二人ともそわそわしたり、いろんな人への報告、さらに学校が始まったことによる生活の変化でバタバタしていたが、それも少し落ち着いてきた。
というわけで、玲のやりたいことをやっていこう話である。
彼女の未練の本体は『お嫁さん』であるから、そことは関係のない、ただの彼女の希望を叶えるだけである。まぁ以前にやったメッセージカードとか、リバーシとか、そういう類のものだ。
“んー……あ、それでしたら、ちょっとお願いがありまして”
「おう、なんでも言ってくれ」
“うっ、そんな大層なものではありませんよ? 実はですね、ほら、私ずっと制服じゃないですか? エプロンはなぜかありますし、これを脱ぐことは可能なんですけど、私服とかパジャマとかがなくて”
ほー。言われてみれば確かに。
幽霊は生前に思い入れのあるものを着ることができたりする。彼女がエプロンを身に着けられたのは、たぶんお嫁さんの姿が脳裏にあったからなんだろうな。
“それに、ほら。私スカートなので……”
かぁっと顔を赤くしながら、玲が言う。
以前はまだ下着が見えても開き直ったりしていたけれど、あの件があってから、たしかに一度も見ていない。座るときも、スカートをすごく気にかけている気がする。
「了解。たぶんお供えしたらいけるだろ。スマホのネットショップで服の画像を見せて――いや、ファッション雑誌か何かを買ってきたほうがいいか? 店員さんに適当に見繕ってもらうより、買うのはそれからのほうがいいよな?」
もしくは優や灯さんに頼んで探してもらう、とか。
“いやいやいや! 大丈夫ですよ! お金はかけなくて大丈夫ですので!”
ぶんぶんと両手を顔の前で振って、玲は俺の提案を受け入れない。
でも、服が欲しそうにしてたよな? どうすればいいんだ?
首を横に倒して、玲の言葉を待つ。彼女は人差し指を合わせながら、俺を上目遣いで見てきた。
“あの、薫さんは体が私よりも大きいじゃないですか”
「ま、そうだな」
“で、ですから。薫さんの服を、一瞬だけお供えしてくれたらなぁと思って――ほ、ほら! それなら一切お金はかかりませんし! 大は小をかねますから、ウエストが合わなくても、紐とかで縛ったら大丈夫だと思うんです! 上着に関しては、ぶかぶかでもいいですし!”
「? 男物が着てみたいってことか?」
“そ、そう! そうなんです! 男性の服を一度ぐらい来てみたいなぁと生前からかねがね思い続けてきたんですよ! だから別に他意はないですし、別に薫さんの匂いとかそういうのじゃなくて、彼シャツがどうとかじゃないんです!”
「お、おう。別にわざわざ言い訳みたいなこと言わなくてもちゃんとわかってるって」
なぜこんなに慌てているんだ玲は。率直に『男物の服が着たい』でも十分伝わったのに。
まぁ彼女が俺の服で良いというのなら、一緒にクローゼットとタンスを漁って欲しいものをピックアップすることにしよう。
俺は立ち上がって寝室へと向かう。クローゼットを開けてから、玲に「どれがいい?」と声を掛けた。
ふよふよと俺の隣に立ち、ジッとハンガーにかけられた服を眺めた玲は、チラリと俺を見る。
“え、えっとですね。まずこの、薫さんの制服のカッターシャツ――それから、いま着ている部屋着とか――む、無理ならいいですからね!”
「全然かまわないんだけど……今着てるのは洗濯するから少し時間がかかるぞ?」
俺が今着ているのは、上下グレーのスウェットだ。フードはなし、柄も無し。着心地は良い。
“べ、別に洗濯までしなくていいですよ! はい! 是非そのままで! 今着たい気分なんです!”
「お、おう。じゃあちょっと着替えるから、別の部屋に行っててくれる?」
“了解です!”
玲は嬉しそうに返事をすると、勢いよくぴゅーっとどこかへ飛んで行った。俺の服のおさがりでここまで喜ぶとか、よっぽど制服だけしか着られないのが嫌だったらしい。
もっと早く気付いてあげられたらよかったなぁ。
着替え終わったら、栞さんにお供えに行くって連絡しておくことにしよう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
家事をしていたらしい栞さんは、すぐに返事をくれて、なおかついつでも来てくれていいとのことだった。というわけで、俺はスウェットの上下、そしてカッターシャツを持って栞さんの家へ。
仏壇に服を置くようなスペースがなかったので少し手前に置いたのだけど、それでどうやら玲は服をゲットできたらしい。せっかくなので、お線香もあげておいた。
で、自分の家に戻ってくると、玲はさっそく俺のカッターシャツを身に着けていた。
ちなみに幽霊は着替えるとかではなく、ゲームのように一瞬で服装が切り替わる。玲は下はスカートのままで、上にはちょっとぶかぶかな俺の白いカッターシャツを着ていた。
“えへへ……やっぱりおっきいですね、薫さんの服”
「だよな? 本当にそれでいいの?」
“はいっ! すごく嬉しいので、薫さんには十ポイントあげちゃいます!”
そうやすやすと『なんでもする』の権利を渡していいのかねぇ。もし彼女が生きていたとしたら、不安で仕方がなかったところだ。もっと自分を大事にしろと。
だから俺と玲のこの関係は、もしかしたら丁度よかったのかもしれないなぁ。
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