第28話 優、来る



 俺のカッターシャツを着てウキウキの玲。


 そんなに物珍しいものでもないだろうに……まぁ大きいサイズなんてわざわざ買わないだろうし、自分が着る機会ってのは無かっただろうから、それでだろうか?


 まぁなんにせよ、玲が喜んでいるのならそれでよろしい。

 残念ながら幽霊である玲は鏡にも写らないしカメラにも写らない。


 だからしきりに俺へ“どうですか?”と楽しそうに問いかけてきていた。正直に「可愛い」と感想を伝えたのだけど、実のところ、心では『好きな人が自分の服を着ている』ということを遅れて理解していたので、結構恥ずかしかったりした。


 クルクル回ったりしながらカッターシャツを堪能した玲は、落ち着いてきたのか、俺の隣に戻ってくる。そして、口を開いた。


“あ、あのですね薫さん”


「なんだね」


 玲が神妙な面持ちをしていたので、なんだか口調が変になってしまった。しかし、彼女は俺の口調を気にした様子もなく、話を続ける。


“私の未練はどうやらお嫁さんのようなんですけど、いきなりお嫁さんっていうのは無理だと思うんです”


「つまり、段階を踏めと――だけどその最初の一歩が、両想いってところじゃないか?」


 ラノベとかではよく政略結婚とかあるけど、あれって現代にもあったりするのだろうか? あったとしても、俺とは全く縁のない世界の話だなぁ。


 そんなどうでもいいことを考えながら、玲の返答を待つ。


“そ、それはそうなんですけど! さ、幸いにも? 薫さんは? どうやら私のことを好きになってくれているみたいですし?”


「あぁ、世界一好きだぞ」


“ぁぅ……そ、そんなにストレートに――じゃなくて! べ、別に私薫さんのことが嫌いなわけじゃないですけど、す、す、すす好きとかは、まだちょっと早いんじゃないかなとかって思ったりしましてですね”


「まぁそりゃそうだな。俺が暴走してる自覚はあるよ」


 俺がそう言うと、玲はチラリと上目遣いで俺を見る。視線が合うとさっとそらされた。

 照れているようで可愛いです。


“ですから、形から入ってみてはどうかなと思ったんです”


「ほう。詳しく聞かせてくれ」


 どうやら玲なりに俺のお嫁さんになることを前向きにとらえてくれているらしい。


 そもそも、ポイントのご褒美は彼女が恋愛に前向きであることを示しているような感じだったから、あまり驚きはないのだけど。むしろ、結構俺のことを異性として意識しているんじゃないかと思うぐらいだ。


 好きになってもらうまで、そう時間はかからないかも――いやいや、焦ってはだめだ。時間はあるのだし、ゆっくり、だけど確実に前に進んでいきたいものである。


“はいっ! まず――あれ? 誰か来ましたね?”


 玲が話し始めた瞬間、インターホンが鳴った。彼女はすぐにすいーっと玄関に向かい、俺の前に戻ってくる。


“優ちゃんでした! 何か約束してましたっけ?”


「いやしてないが……どうしたんだろうな?」


 膝に手を突きながら立ち上がり、玄関へと向かう。扉を開くと、報告通りの人物が立っていた。


「まったく動揺しないのね。休日にクラスの女の子がやってきたっていうのに」


 彼女は普段通りの俺を見て、肩を竦めながら笑う。ちょっと楽しそうだ。


 俺が家で基本的に上下スウェットなのはこの春休み期間中で理解してくれたらしい。まぁ彼女も、シャツとジーパンというシンプルな装いだが。


「ははは、インターホンが鳴ったら玲が先に見に行ってくれるんだよ。それに、お隣さんだし、優が来るのは初めてじゃないからな」


 俺がそう言うと、優は「玲お姉ちゃんの仕業ね」と俺の背後に目を向けながら言った。見えてはいないんだろうけど、実際にそこにいることには違いない。


「それで、どうしたんだ? なにか困りごとか? 男手が必要なら手伝うけど」


 ゴキブリでも出たのかと思いながらそう聞いてみると、彼女は苦笑しながら首を横に振る。


「んーん。今日は誰とも遊ぶ約束していなかったし、ママから面白い情報をもらったから、様子を見にこようかなと思って」


「面白い情報……なんだろ。まぁとりあえず上がって」


「うん、お邪魔します」


 丁寧に靴をそろえてリビングへ向かう優の背を見ながら、首をひねる。


 んー今日栞さんと話したのは、服のお供えぐらいなんだよなぁ。違う服を着ている玲が見たいっていうならわかるけど、残念ながら優は玲の姿が見えないし。


 俺がシートクッションを優に渡すと、彼女はお礼をいってから腰を下ろした。


「それで、玲お姉ちゃんが市之瀬くんに服をせびったんでしょう? どんな服を?」


“ちょっ! せ、せびってなんかないよ! 薫さんもわざわざ教えなくていいですからねっ!”


 慌てた様子で玲がべしべしと俺の肩を叩く。触れられているが、音もなければ服も動かないので、優はまったく気づいていなさそうだった。


「俺は別に言ってもいいんだけどな、玲が嫌みたいだ」


「ふーん……言えないようなものを要求したってことかしら? 市之瀬くんのパンツとか?」


“んなっ! そんなわけないでしょっ!”


「それはさすがに俺も断るわ! というか俺のパンツもらってどうすんだよ」


「ほら、玲お姉ちゃんが匂い嗅いだりするかもしれないし」


“しなぁああああいっ! 薫さん! この子を黙らせてください! 暴力で黙らせましょう! 変なことばっかり言ってます!”


 物騒なことを言うんじゃないよ。でも変なことばっかり言ってるということには同意だな。


「ないない……というかさ、学校が始まって改めて思ったけど、家と学校で随分雰囲気違うよな? 喋り方とかは変わんないけどさ」


 なんというか、家での優ははっちゃけているというか、取り繕うことなく本心を駄々洩れさせているような感じがする。学校では、ストッパーが効いているというか、クールな雰囲気を装っているというか。


「だって私がどれだけ真面目な子を演じても、玲お姉ちゃんにバラされちゃいそうだし……意味ないかなって」


「あー……なるほど」


 そいつはたしかにありえそうだ。玲って、口軽そうだし。



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