第10話 モグラの術っ!



 ひょほっ!? ひぃやぁっ! んぷっ、あばぶっ。


 これらはホラー番組を見ていた玲から漏れ出た叫び声の抜粋である。『ひぃやぁっ』がわりとまともな叫びだったが、それ以外は聞いている俺が笑ってしまうような声だった。


 彼女の言う通り、存分に楽しむことができてしまった。

 ――で、夜の十一時。

 電気を消し、寝室のベッドで睡魔に身をゆだねていると、


“ねぇねぇ市之瀬さん”


 と声を掛けられた。お前、ついさっき『優の部屋に行く』って言ってなかったか?


「んー?」


“暗くて怖いんですけど”


「そっか、自業自得だな。おやすみ」


 さて、明日のためにしっかりと体を休めておかないとな。まだまだ春休みだけども。

 というか常夜灯つけてるんだから、真っ暗ってわけでもないだろうに。


“いーちーのーせーさぁああん”


「――っ!? お、おまっ、耳元でコソコソ喋んなっ! ぞわぞわするだろうがっ!」


 夜なので声量は控えめに。しかし抗議している意思を伝えるためにも、勢いだけは強めにして叫んだ。


 俺の反応を見た玲は、口に手を当ててクスクスと笑っている。

 ああもう可愛いなちくしょう。俺が襲ってこない人間だと判断してくれたのは嬉しいが、なんとも思ってないわけじゃないんだぞアホ!


 ――などと心の中で叫びつつ、盛大にため息を吐いてから、枕に肘をついてから玲がいる方向に体を向ける。


「――で、どうしろってんだ。リビングの灯を付けとくか? いっとくがお前ら幽霊と違って俺には睡眠が必要なんだから、夜通しでお喋りってわけにはいかないぞ」


 俺がそう言うと、彼女は指を振りながら『ちっちっち』と口にする。


“私はエリートハイパースーパーデリシャスウルトラエクセレントデンジャラスハイパー幽霊ですからね。寝ようと思えば寝られますよ!”


「デリシャスとデンジャラスは余計だろ。あとハイパーがダブってる」


 玲は俺の的確なツッコミに臆した様子もなく、堂々と胸を張っている。

 俺も寝ている幽霊を見たことはあるし、別に彼女だけが特別ってわけでもないから、彼女の発言にさほど驚きはしなかった。


“というわけで、今日はこの部屋で寝ようと思います”


「……あのな、お前はこのアパートのどこでも寝られるんだから、家族なり友人なりの部屋で寝たらいいだろ。わざわざ新参者の男の部屋で寝ようとすんな」


 しっしと手で彼女を払いながら言うが、彼女はぐいっとこちらに顔を寄せてくる。


“えぇ、えぇ。市之瀬さんの言うことはごもっともだと思いますよ。しかしっ! しかしですよ奥さんっ! 夜中に声を掛けて反応があるかないかの差は、とてつもなく大きいのです! それももう、おっぱいのAカップとBカップぐらいの差があるのです!”


 わかりづらい上に反応しづらい例えを出してくるなアホが。そして俺は奥さんじゃねぇ。


「お前なぁ……はぁ……別にここで寝てもいいが、夜中にあんまり起こすなよ? あとはもう少し男を警戒しろアホ」


 そう言いながら玲とは逆方向、壁側に体を向けた。すると、背中に玲のクスクスという笑い声が当たる。


“『起こすな』って言うぐらいやさしい人なんですから、大丈夫ですよ”


 まったく……こいつの無警戒は危険すぎるぞ。本当に勘弁してくれ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 翌朝の八時過ぎ。スマホで時間を確認してから、再びベッドであおむけになると、視線の先には女子高生がいた。


 幽霊の世界でどんな物理法則が成り立っているのかは知らないけれど、彼女の服や髪は、きちんと地球の重力を反映しているように垂れ下がっている。


 何がいいたいかと言えば、俺が少し頭を動かしたら、パンツが丸見えになるということだ。


“ニンニンでごじゃゆ”


 そんな状態を知ってか知らずか、彼女はちくわを加えた状態でそんな言葉を口にする。『ござる』って言おうとしたんだろうなぁ。


 彼女は天井に張り付いており、忍法でも使うつもりなのか、両手で印のようなものを結んでいた。


「おはよう玲……お前、朝っぱらから何してんだ?」


 挨拶がてらに問いかけると、彼女は勢いよくちくわを咀嚼してから、ごくりと飲み込む。そして天井から離れ、ふよふよと俺のベッドの横に降り立った。


“んっふっふーっ! 見てわかりませんか?”


 そう言ってから、彼女は両手で印を結んでもう一度“ニンニン”と口にする。


「何がしたいのかわからん」


 俺にはいい年した女子高生が忍者ごっこしてるようにしか見えないんだが。


“忍者ごっこしてました!”


 正解してたわ……さすがにないだろうと思ったけど、そういえば玲はこんな奴だったわ。寝起きだからすっかり失念してた。


「楽しそうで何よりだ――それで、いったいお前はどんな忍術が使えるんだ?」


 枕に肘を突き、頭を手で支えながら聞いてみる。あくびをしながら、彼女の行動を見てみることにした。


“お任せくださいっ! ではまいりますっ! 『土遁・モグラの術』っ!”


 そう言って、印を結んだ玲は、ゆっくりと床を透過して沈んでいった。ただ、目測を誤ったらしく、頭のてっぺんはいまだに見えているけども。


 今日も平和な一日になりそうだなぁ。

 

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る