第59話 両親の反応




 オトンとオカンにはソファに座ってもらい、俺はその向かいにシートクッションを敷いて座った。玲は俺の隣でカチコチの状態で正座をしている。


「玲ちゃんの未練が『お嫁さんになりたい』ってことは栞さんに教えてもらっているわよ? だったら薫がどういうつもりで玲ちゃんのことを好きになっているかなんて、すぐにわかるでしょ」


「親だぞ俺たちは」


 少しは見直したか――そんなことを言いたげな表情で、二人が言う。


 いやオトンもオカンも物分かりが良いのは助かるんだけど、俺としてはその情報が二人にわたっていること自体遺憾なんですけど? いや、栞さんを責めるつもりはないんだけどな? せめて俺にも伝えて欲しかったよ……。


「もういい、なんか疲れた……。それで、本当に何しに来たのさ? 息子の顔を見に来ただけってわけじゃないだろ?」


 顔を見に来ただけと言われたらそれはそれで照れ臭いからやめてほしい。


 でも、たぶんそれはない。テレビ電話とか要求してこないし、普段もしょっちゅう連絡を取り合っているわけでもないし。


「大家さんにご挨拶と、玲ちゃんにもご挨拶だな――どうぞうちの薫をこれからも末永くよろしくお願いします。とても優しい男ですよ」


「挨拶ってそういう挨拶かよ!?」


 ついさっき玲がパニックになって『結婚のご挨拶ってことですよね!?』みたいなことを言っていたけど、なんか本当にそんな感じがしてきた。


 オトンは玲がいる場所とは違う方向に向けて頭を下げていたけれど、玲がスススとオトンの前に移動してくれていた。そして“こ、こちらこそ申し上げます!”という聞いたことのない言葉を使用していた。


 しかし、本当にうちの親はおおざっ――おおらかだなぁ……。


『幽霊との結婚だなんて、もう少しじっくり考えなさい』とか言われることもちょっとは考えていたけど、本当に無用な心配だったようだ。


 俺の戸惑いなんてお構いなしに突き進む両親にげんなりしていると、オトンが急に真面目な表情になって口を開く。雰囲気の落差がすごいんですけど。


「お前が選んだ相手だ、俺たちは心配していない。だけどな薫――」


「な、なに? なにか問題あるのかよ」


 もしや、ここに来て反対? いや、でもさっき玲に向かって『よろしくお願いします』って言っていたから、そういう訳じゃないよな。


「幽霊との結婚だなんて俺も聞いたことが無いから、どこに届け出を出せばいいかわからん。調べてみたが、そもそも日本では死後婚――冥婚が認められていないらしいからな」


 なんか急に現実的な話を始めた。


 まぁそれに関しては俺も調べているから、ちゃんと理解している。そもそも、幽霊と対話できるっていう前提の上の話じゃないから、そういうことになっているんだろうけど。


「だからね薫、玲ちゃん――あなたたちが結婚したいって言ったら、それはもう結婚記念日なのよ」


「随分とざっくりだなぁおい!」


 いやでも本当にそんな感じになっちゃいそうだな……。実際、俺もプロポーズをするときがその時だと思っているし、届け出なんかするつもりもない。


 まぁ役所でもらってきた婚姻届けに記入するだけ記入するってことはできるけど、それは玲が望んだらやることにしよう。


 ちらっと隣にいるもう一人の当事者を見てみると、彼女は両手で顔を覆ってうつむいていた。耳が真っ赤になっているから、ただただ恥ずかしいのだろう。でも、逃げ出さないところが可愛いな。


「まぁ俺たちの考えはそんなところだ――だから薫、結婚したらメールか電話してくれ」


「そうよ~、その時はまたこうやって飛んでくるから!」


 オトンとオカンはそう言って話を締めくくる。気軽に言ってくれるなぁ。

 重苦しく考えられるよりは、随分とマシだからいいんだけどさ。


「あー、はい……じゃあそういうことでよろしく」


 了承の返事はしておいた。そしてその後に、「とりあえず高校卒業まではないから」と付け足して、二人の暴走を予防しておく。いちいち『もう結婚した?』なんて連絡が来たらたまったもんじゃないし。


 それから、玲も交えて四人で雑談をして、オトンとオカンは一時間ほどで家を出た。今度は栞さんの家に行って今後の話などをするらしい。変なことを言わないか玲に偵察を頼もうかとも思ったけど、やめておいた。


 なんとなく、聞かないほうがいいような気がするからな……。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



“ねぇねぇ薫くん”


「んー? どうしたー?」


 ベッドの横になってスマホのパズルゲームをしていると、優の部屋に遊びに行っていた玲が帰ってくるなり声を掛けてきた。


“賛成してくれてよかったですね”


 何が――とは言わなかったけれど、十中八九結婚に関してのことだろう。それ以外思い当たることはないし。


 玲が俺の隣にふわふわと降りてきたので、右腕を横に伸ばす。彼女はそこに慣れた様子で頭を乗せた。


「まぁそうなるだろうとは思っていたけどな――でもこれで、外堀は埋まっちゃったぞ玲? もう後戻りは難しくなったな?」


“んふふ~、それはこっちのセリフですよ薫くん!”


「おぉ……照れてない。成長したなぁ」


 頭をなでながらそう言うと、玲は鼻を膨らませて“幽霊だって成長するんです!”とドヤ顔で言う。


 しかし頬に口づけをしてみると、どうやらこれには耐えられなかったらしく、顔を真っ赤にしてもじもじと身体を動かしていた。


“薫くん、キスをすれば勝てるとか思ってませんか……?”


「ちょっとだけ」


“もぉ~、それズルですからね! 反則技です! イエローカード出しますよ!”


 ホイッスルを吹き、カードを掲げるジェスチャーをしながら玲が言う。

 そう言っている割に、俺が玲の頬に口を近づけようとしたとき、自分から寄ってきたりしてるんだよなぁ。本当に、可愛いやつだ。





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