第39話 正ヒロインムーブ




 きっかり五分の時間をつぶして教室に戻ると、鳥居さんはもう優にしがみついてはいなかった。鳥居さんは入ってきた俺と目が合うと、恥ずかしそうに視線を逸らす。

 彼女の後ろにいる夏美さんは、こちらに向かって頭を下げた。


“娘がどうもすみません。悪い子じゃないんです”


「いえいえ。一般的に幽霊ってあまり信じられてないですから、別に平気ですよ」


“ちなみに脱いだ姿を見たらわかると思いますが、まだ娘が信じてないようでしたら、『谷間にほくろが二つある』という情報がありますので、ご活用ください”


「脱がせないですからね!? そんな情報いりませんよ!」


 たしかに鳥居さんは脱ぐとか言っていたけど、俺にはそんなことをさせるつもりはさらさらない。玲の裸ならぜひとも見たいが。


 そんな話をしていると、優はニヤニヤと、鳥居さんは顔を赤くして不満そうに俺を見ていた。


「ちょっと市之瀬くん、いまお母さんから何聞いたの」


「いや別に何も……「嘘っぽい」……うっ」


 じーっとこちらを見ながら、鳥居さんはムスッとした表情を浮かべている。

 よし、開き直るか! だって俺悪くないし!


「胸の谷間にほくろが二つあるという情報をもらった。言っとくけど、夏美さんが勝手に言ってきたんだからな? 俺は別に聞こうとしてないぞ?」


「ちょっとお母さん! 男子にそんなこと教えないでよバカ!」


 後ろを振り返って怒鳴る鳥居さん。この様子を見るに、俺が幽霊を見ることができると信用してくれたらしい。幽霊の存在を、認めてくれたらしい。


 もー、と不満そうに言いながらも、鳥居さんはどこか嬉しそうだった。幽霊と聞いて怖がる人もいるけれど、彼女はそうではないらしい。


「ところで彩、なにか忘れてないかしら?」


「え? あ、もちろん忘れてないよ。市之瀬くんの好きな人――玲さんのために協力すればいいんだよね?」


「そうじゃなくて、彩、『土下座』、『脱ぐ』、『奴隷になる』とか言ってたけど」


 ふふふ――とホラー要素のある笑みを浮かべて優が言った。かわいそうだからやめとけって。


「……ぬ、脱いだほうが、いい?」


 制服のボタンに手をかけるんじゃないアホ。


「結構です。俺には好きなやつがいるって言ってるだろうが」


「男子だったら好きな人がいても喜びそうなもんだけどなぁ~。市之瀬くんって、すごく一途なんだね」


 鳥居さんがそう言うと、優が後に続いて「びっくりするぐらいにね」と笑いながら言った。褒められていると思っていいのだろうか。


 とりあえず、これで一番の問題は解決したな。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 その後、数日は彩と夏美さんの会話に付き合うことに。

 言いたいことはたくさんあっただろうし、時間が立たないと思いつかなかったこともあるだろうから、優と一緒に長い時間話をした。


 その途中で、『鳥居さん』では混乱するだろうからということで、彼女のことは『彩』と呼び捨てにすることになった。


 俺は玲や優で慣れているから、別に緊張も何もないのだけど、彩のほうはあまり慣れていなかったようで、少しむず痒そうにしていた。


 まぁ、それはいいとして。


「おーい、機嫌なおせって」


“薫さんが浮気しました”


「だから浮気じゃなくて、幽霊憑いてるのが女子だったから仕方ないだろ?」


 放課後に長い時間話をしていたから、ここ数日は帰宅がいつもより遅くなっていた。


 その結果として、玲が拗ねているのだ。


 正直に言うとだな、申し訳ないという気持ちもあるのだけど、玲が嫉妬してくれているという事実がこの上なく嬉しいのだ。ニヤニヤをどう頑張っても抑えきれないぐらいに。


“まぁ別に? 私と薫さんは正式な恋人というわけではありませんし? 浮気という言葉を使うのは間違っているのは重々承知ですよ? だから別に拗ねたりとかしてるわけじゃないですもん”


 ツーンと俺から顔をそらし、頬を目いっぱい膨らませる玲。その姿はどう見ても『私は拗ねています!』と大声で主張しているようにも見えた。明確に口にしていないだけで、はっきりと意思を示していた。


 だが――しばらくすると、玲はこちらを見てから楽しそうに笑う。


“えへへ、冗談です! びっくりしました!?”


「……ちょっとだけな」


“あははっ、薫さんは可愛いですねぇ”


 テーブルを挟んだ向かいに座っていた玲が、ふよふよと俺のそばにまで移動してくる。


 そして彼女は、俺を後ろから抱きしめてきた。

 最初は優しく包むように、時間がたつと、まるで所有権を主張するようにぎゅっと。


“こ、これはですね、貯まりに貯まっていくポイントを消化しているだけなので”


 いつもより少し早い口調で、行動の理由を玲が説明してくる。

 まぁそんなことだろうと思ったよ。もしくは、俺へのからかいを継続しているかもしれないな。


「そうかい。……じゃあいずれは、ポイント関係なしになってくれることを祈っておこうか」


 俺がそう言うと、彼女はゆっくりと手をほどいて俺の横に座る。


“今回のこと、ありがとうございます。私も、頑張ってみますね! だからその、その人を家に招くときは、私の手を握っててください……怖いし、私が逃げちゃわないように”


「任せとけ」


 手だけじゃなくて、むしろ抱きしめておいてやろうか。


 うん、なんだかよく考えたらそっちのほうがいい気がしてきたな。彩や優の前だったとしても、どうせ見えないんだし。人目は気にせずに玲を確保することにしよう。


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