第40話 もうカップルじゃん
彩は日曜日に我が家に来ることになった。
特に用事のなかった優も、その日はうちに来てくれることに。彩とは親しくなったとはいえ、世間話ができるほどに打ち解けているわけでもないから、正直助かる。
日曜日がやってくるまでの間、俺は玲に『おばけ、怖くないよ』ということを言い聞かせ続けており、彼女も彼女で『これを克服して敷地の外にお出かけをしたい』という強い気持ちを持っているから、前向きに意識を変えようとしていた。
“ま、なんとかなりますよね!”
最終的には、持ち前のポジティブさで自分を納得させたもよう。嫌なことから目を背けただけかもしれないが。
「お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
“お邪魔します”
日曜の昼の三時ごろ、彩と優が俺の部屋に訪れた。彩の背後には、しっかりと夏美さんも引っ付いてきている。もしかしたら玲が無意識に拒否して気分が悪くなるんじゃないか――とも思ったけど、それは二人とも大丈夫そうだった。
おそらく、玲の抵抗は入居希望者だけに限定されていたのだろう。
「うっそ! 市之瀬くんここで一人暮らししてるの!? 贅沢すぎない!?」
靴を脱いでリビングまでやってくると、彩が部屋を見渡しながら驚きの声を上げた。
「家賃一万円だからな、玲のおかげで」
いまとなっては大家である栞さんに少し申し訳ないとも思っているが、彼女としては『無料でもいいからここに住んでもらいたい』と考えているようなので、この状況に甘えさせてもらっている。
「それでも掃除は大変でしょう?」
「まぁな~。でもこっちの部屋とか何も置いてないし、床だけ拭いてりゃ綺麗なもんだよ」
そう言いながら、俺は寝室の隣を見せる。夜は玲が寝室として使っている部屋だ。
気持ちとしては布団とか敷いてやりたいのだけど、彼女は現実のものに触れないから本当に気持ちの問題だけなんだよな。当然、拒否される。
「いま玲さんはどこにいるの?」
そう言いながら、彩が周囲を見渡す。見てもわからないだろうけど、あいにく俺が見渡してもいまここにはいない。
なぜなら彼女は、現在俺のベッドの下に潜り込んでいるからだ。直前でビビりだしたのである。
「俺の部屋でビビってるよ」
「――ぷふっ、本当におばけが怖いんだね、玲さん」
俺と彩がそんな会話をしていると、寝室の方向から“べ、べつにビビってなんかないんですけどぉ!”という叫び声が聞こえてきた。ビビッてそうな声だった。
俺はテーブルに麦茶の入ったコップを三つ置いたあと、二人に「少し待っていてくれ」とソファに座らせて、寝室に向かった。
扉を開けて部屋に入ると、匍匐前進の態勢をしている玲がベッドの下から俺を見上げていた。
「昨日の夜まで威勢は良かったんだけどな」
“ちょっとお腹の調子が悪くて……”
「幽霊に腹痛がないのは知ってるぞ――ほら、とりあえずそこから出てこい。リビングにはまだ出て行かなくていいから」
“あぅ……はい”
膝を突いてから手を差し出すと、彼女は俺の手を握ってベッドの下から這い出てくる。まぁ彼女は床を貫通しているから、それっぽい動きをしているだけなんだけども。
「よし、じゃあ何ポイントか忘れたけど、ハグさせてもらおうか」
“あうぇ!? い、今ですか!? ま、まぁ、薫さんがしたいなら構いませんけど……”
というわけで、ありがたく玲の正面から――ではなく、背後から彼女を抱きしめる。俺の服は貫通してしまうから、素っ裸で抱き着いているような感触だ。
“えへへ、なんだか照れますね”
首を動かして、俺の顔を見ようとしながら玲が言う。可愛い。
可愛いけど、たぶんこのままだと玲は動かないだろうから、俺はとっとと足を動かすことにした。
“? 薫さん? あの、薫さん?”
玲は俺が扉へ向かって足を進めるたびに、疑問符を乗せた言葉を口にしている。悪く思わないでくれ。ちょっと強引だけど、絶対大丈夫だから。
玲が逃げないようにぎゅっと強めに抱きしめて、肘を使って扉を開く。彼女はじたばたと暴れだしたけど、年相応の力しかない上に重量がないので、抑え込むのは簡単だった。
“いやぁあああああああ!? 助けてぇええええ!”
「誰も襲ってきてないってのに、いったい誰から助けりゃいいんだよ」
“――っ! たしかに! それもそうですね!”
それで納得しちゃうんだ。やっぱり玲ってちょっと変だ。だけどそこも含めて可愛い。
俺が傍から見れば変に見えるであろう態勢でリビングにやってくると、優はニヤニヤと、そして彩は首を傾げていた。夏美さんは玲に怖がられないようにしているのか、穏やかな表情を浮かべている。
「玲お姉ちゃん、大丈夫だから目を開けてみて」
「? 優、見えてないよな?」
なぜ玲が目を瞑っているとわかったんだろう。俺ですら、今は玲の頭しか見えておらず顔が確認できていないというのに。
「お姉ちゃん、こういう時たぶん目を瞑るから」
“うぅ……優ちゃんのエスパーが怖いよぅ”
「せめておばけに怯えとけよ……」
苦笑してから、俺は玲の顔をのぞきこむ。優が言った通り、ぎゅっと目を瞑っていた。可愛い。キスでもしてやろうかと思ったけど自重した。
そんな風にしていると、彩が声を掛けてくる。
「いまそこに玲さんいるの? っていうか、市之瀬くん、幽霊に触れるの?」
「おう、いま玲が逃げないように抱きしめてる」
俺がそう言うと、彩は顔を赤くして「もうカップルじゃん」と口にしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます