第41話 幽霊とご対面




“もう覚悟を決めました。えぇ、私はやってやりますよ! どんとこいです!”


 玲を抱っこしたままソファに腰を下ろして、優たちとしばらく談笑した。玲は目を瞑ったまま黙り込んでいたけど、五分ほどしてから俺たちの平和な雰囲気を感じ取ったらしく、そんな気合の入った言葉を口にした。


 それから、玲は頑張って目を開いたらしいのだが、


“――っ!? おっ、おばっ――おばけってどの人ですかね?”


 どの人が幽霊かわからなかったらしい。とても気の抜けた疑問の言葉だった。


「鳥居夏美さんっていう方だよ、ちょっと透けて見えるだろ? で、優の隣にいるのが、鳥居彩、俺と優のクラスメイトだな」


 そう説明すると、玲は俺の腕の中でむずむずと動いたあと、夏美さんのほうを向いてピタリと止まる。


“あぅ……み、御影玲といいます。十六歳で事故死しました”


“初めまして玲さん。ご紹介にあずかりました鳥居彩の母です。四十二歳のときに、胃がんで他界しました”


 幽霊同士の自己紹介ってそんな感じなんだ。――事故紹介、なんてな。ふふっ。

 脳内で出来上がったしょうもないギャグで笑っている間に、怜と夏美さんは交流を深めている。


 優と彩にわかるように、俺は二人の言葉を淡々と復唱していった。彼女たちは、黙って俺の言葉――つまり、二人の会話に耳を傾けている。


 内容としては、学校での俺の様子が九割、幽霊としての話が一割って感じ。俺の話題多すぎだろ。恥ずかしいわ。


「――ほらな、怖くなかっただろ?」


 玲と夏美さんの会話がひと段落したところで、抱きしめたまま声を掛ける。俺の手は現在彼女のお腹に回されていて、玲は俺の手の上に自分の手を重ねていた。


 この状態にも慣れてきたみたいだな。

 そして俺も、玲の身体に触れているということでドキドキはしていたが、話に夢中になっているうちにその意識もだんだんと薄れてきた。


“べ、別に、最初からビビッてなんかなかったですけどね?”


「どの口が言ってんだよ……この口かぁ?」


“やめっ、やめふぇーっ!”


 左手は玲のお腹を支えたまま、右手で彼女の頬をムニムニと挟む。言葉で拒否している割には、俺の手を外そうとはしないんだよな。可愛い。

 しかしなんだかちょっと申し訳ない。優や彩、夏美さんに対してだ。


 俺の霊感を証明し、時間をかけて彼女たちを家に呼び込んだけれど、あまりにもあっさりと玲が幽霊になじんでしまったからだ。


 それ自体は良いことなのだけど、拍子抜けというかなんというか……『あれ? もう終わり?』みたいな雰囲気になっているような気もする。


 そんなことを、優たちに話してみた。


「別にいいんじゃないかしら? 玲お姉ちゃんのためでもあるし、市之瀬くんのためでもあるし、彩や夏美さんのためでもある。もちろん私だって、玲お姉ちゃんには幸せになってほしいから」


 優が穏やかにそう言うと、彩が人差し指を口に当てて天井を見上げる。


「? そう言えばさ、なんで玲さんは自由に移動できるの? うちのお母さんって私の近くしか移動できないみたいだけど」


 それを聞いてしまいますか彩さんや。

 詳しく説明するためには、玲の未練が『お嫁さん』であることや、俺を『旦那さん候補』としていることを話さなければならないのだが……。


“まぁ私、ハイスペック系幽霊ですからね!”


 本人は話の行きつく先を想定できなかったらしく、俺の胸に背を預けて威張っていた。威張ることでもないと思うんだけどね。可愛いからいいや。


 夏美さんも笑顔で拍手をしているし、平和過ぎる。

 しかし、渾身のドヤ顔も長くは続かなかった。


「玲お姉ちゃんの未練は『お嫁さんになりたい』だから、その関係で基本的にこのアパートから出られないのよね。敷地の外に出るのも、市之瀬くんとのデートっていう名目がないと無理みたいだし」


“なんでバラしちゃうのぉおおおおおおっ!?”


「おうおう、落ち着け落ち着け」


 じたばたと暴れ始める玲に声を掛けて落ち着かせる。

 途中で思いっきり胸を触ってしまったけど、バレてないだろうか……バレてないことを祈ろう。わざとじゃないんだ、許しておくれ。


 というか、玲の口から『バラす』という言葉が出たということは、それが真実であると認めていることなんだけど……そこまで考えてなさそうだな。


「市之瀬くんは玲さんのことを好きって言ってたけど、玲さんもそうなの?」


 謎の動きを見せているであろう俺を見て苦笑した彩が、聞いてくる。


「本人曰く、ちょっとだけ惚れてるらしいぞ」


「ちょっとなの?」


「あぁ、だから俺は、玲に好きになってもらうために頑張っているというわけだ。相手がすでに死んでいようが、関係ないさ。好きになってしまったからな」


「な、なるほど……?」


 彩は微妙な反応を見せたあと、困惑した様子で優を見る。二人でコソコソと何かを話してから、半目になって俺を見た――いや、俺の腕の中にいる玲を見ているのか。


“な、なんですかその目は”


 完全に目は合っていないだろうけど、自分に視線を向けられているとわかったのだろう。玲は少しおどおどしたような口調で言った。


「あんまり旦那さんに甘えちゃダメですよ、玲さん」


“べ、別にまだ旦那さんじゃありませんしっ!”


 聞こえないということはわかっているはずなんだが、思わずといった様子で玲が反論する。


 ははっ、どうやら俺は『まだ』旦那さんじゃないらしいな。

 というか、俺としては甘えられるのは大歓迎なんですが。そんな感じのことを玲に伝えると、クラスメイトの二人から盛大なため息が漏れたのだった。



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