第42話 猫のようにくつろぐ



“ねぇねぇ薫さん”


「どうしたー?」


 夜、ベッドの上で寝転がり、スマホのパズルゲームをしていた俺に玲が声を掛けてくる。


 夏美さんたちとの交流も終わり、風呂も食事も終えて、あとは寝るだけ。今日はいつもと違うことをしたから少し疲れてしまった。


 まだ十時前だけど、寝ようと思えばいつでも眠れそう。


“今日私を抱っこしてるとき、おっぱい触りましたよね?”


 スマホの画面を消して、枕元に置く。ゆっくりと玲がいる天井に目を向けると、彼女は薄く開いた目で俺のことを見ていた。やっべ。


“私にそんなことをした癖に、学校では彩さんを脱がそうとしていたらしいじゃないですか”


「そ、それは違うぞ? 彩が勝手に『もし本当だった脱いでやる』みたいなことを言っただけで、俺はそんな要求をしてない」


“ふーん……本当ですかねぇ”


 じぃ……っと少しずつこちらに近づきながら、玲は言う。

 本当だ――彼女の目を見ながらはっきりと言うと、玲は“そうですか”と案外あっさりと引き下がった。しかし、


“じゃあさっきの『それは違う』というのは、おっぱいを触ったことは認めたということでいいんですね?”


 ――っく、なんで普段ポンコツなことが多いのに、こういうところで頭を働かせているんだこいつは。


 ふよふよと天井から降りてきた玲は、すでに手を伸ばせば届くような位置にまでやってきている。おかげで、俺にかかる圧力もマシマシだ。


 仕方ない、こうなったら開き直るか。


「あぁ、認めよう――触ったとも。わざとではないとはいえ、お前の胸に手が当たったことは事実だ」


 そう言いながら俺は浮いた彼女の肩を掴み、自身へ引き寄せる。そして背中に手をまわして抱きしめた。ポイント消費っと。


“な、なにをしてるんですか!? いまは私が攻撃のターンなんですけど!?”


 ターン制だったのかこれ。というか叫んでるわりに無抵抗だな。


「それで、玲が俺に求めるのは謝罪か? 謝れというのなら謝ろう。もっと触って欲しいというのであれば、喜んで引き受けよう」


“そ、そんなこと一言も言ってないんですけど!? もぉ~、やっぱり薫さんも男の子ですねぇ”


 力なくそう言いながら、玲は完全に身体を預けてくる。俺の胸に頭を乗せて、“はーあ”とため息のような言葉を口にした。


“これをネタにしてビックリさせようと思ったのに”


 不満げにそう言った彼女は、顎を俺の胸の上にのせて喋る。

 とりあえず表情だけびっくりしたような顔をしてみたら、玲は“ぷっ”と小さく噴き出してから“わざとらしいですよ”と口にした。


「胸に手が当たったのは、本当にわざとじゃなかったんだよ、ごめんな」


“……別に謝ってほしかったわけじゃないですもん”


 じゃあなんで指摘したのだろう――あぁ、ついさっき『ビックリさせたかった』って言っていたか。


 そろそろ拘束するのも申し訳ないなと思って手を離したのだけど、玲は俺の身体の上に乗っかったまま動かない。というか、もう半分くつろいでいるような感じだ。猫かよ。


「外にでる勇気が出たら、最初はどこに行きたい?」


 あまりこの話題を引っ張るのも危険だと判断し、俺は違う話題を引っ張り出してきた。


“やっぱりスーパーですかねぇ。デートっぽくはないと思いますけど、一緒にお買い物したいですし”


 おぉ~。なんとなく予想はしていたけれど、やはりか。


 彼女の行きたい場所は、やはり『お嫁さん』に近いところになると考えていたからな。次点で新婚旅行とかが思い浮かぶけれど、高校生の旅行だと親の同意は必須だし、このあたりはまたおいおいということで。


 だけど、玲は年齢的に修学旅行にも行けていないだろうから、いずれは代わりになるような何かを一緒にしたいなと思う。


「ま、そのぐらいなら会う人の数も限られているだろうし、最初にはちょうどいいかもな」


“えへへ~、しかも、スーパーって行く頻度それなりにありますからね。私のテリトリーが広がります!”


 俺の胸の上で存分にくつろぎながら、近い未来を想像して笑顔を浮かべる玲。


「可愛すぎだろ」


“うぇっ!? ちょ、いきなりそういうのはやめてくださいよ!”


 おっと心の声が漏れてしまった。だって可愛いんだもの。許してくれ。

 だってこれ、俺と一緒にスーパーに行くのを楽しみにしている笑顔だぞ?


 もしかしたら『俺と一緒に』の部分は関係ない可能性もあるけれど、こんな些細なことでも、喜べるもんなんだなぁ。叶えてあげたいという想いも強くなるというものだ。


「……ところでいつまでそこにいるんだ? 重さはないけどさ」


“な、なんだか心がほわほわして気持ちいいんですよねぇ……薫さんが寝たら隣の部屋に移動することにします”


 照れ臭そうにそう言うと、玲は俺から目をそらして胸に耳をくっつける。

 彼女は本当に、俺が起きている間ずっと、その姿勢のままくつろぐのだった。


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