第38話 対話で証明

 


 隙があれば喰らいついてやろう――そんな獰猛な視線を俺に向けながら、鳥居さんは「やってみなさい」と言った。


「なにかお祈りとかそういうのが必要な感じなの? 別に何やろうが気にしないけど、本当に嘘だったら怒るから」


「いやいや、そういう儀式的なものを必要とする人もいるみたいだけど、俺は普通に見えてるんだよ。むしろ、ずっと見えてる状態で困るぐらいだ」


 鳥居さんにそう説明すると、彼女は胡散臭そうに俺を見てため息を吐いたあと、優を見る。


「……優は、市之瀬くんのこと信じてるの? 市之瀬くんの肩を持つってことはさ、そういうことでしょ?」


 鳥居さんがそう質問すると、優は穏やかな表情で頷いた。


「彼の好きな人って、私の死んだ姉だから」


「……玲さん、だったっけ? そんなこと言われて、なんで優は怒らないの? こんなの死者への冒涜じゃん」


「だって市之瀬くん、本当に玲お姉ちゃんと話してるから」


 淡々と、説得すると言う雰囲気もなく、事実を並べるように優は言った。

 それを聞いた鳥居さんは、怒りを通り越してしまったのか、真剣な顔になった。こぶしを握り、体がわずかに震わせている。


「嘘だったら、本当に怒るから」


 まぁこれが嘘だったら、俺は優を騙してるってことだもんな。友人だったら怒るのも仕方がない。むしろこういう部分には好感が持てるぐらいだ。


「証明するっていってもな、物的証拠はなにもない。だから、対話のみだ。俺は鳥居さんの母親――えっと、名前を教えていただいてもいいですか? “夏美です”――夏美さんと話せるから、俺が鳥居さんからの質問に答えるって感じだな。それでいいか?」


 母親の名前を出したところで、ピクリと反応を見せた彼女だが、真面目な表情は変わらない。ちらっと優の方を見たが、再びこちらを見た。


「まぁ、名前ぐらいなら、簡単に調べることができるだろうね。いいよ、じゃあ私の出す質問を間違えたらどうするの?」


「煮るなり焼くなりお好きなように」


「――っ、ほんと、大した自信ね」


 机の上に置いた右手はぎりぎりと肌が白くなるほどに強く握りしめられている。隣にいる優は、「動画とっておこうかしら」なんてことを言い出した。楽しそうだねキミ。


 というわけで、鳥居さんからの質問タイム、スタートである。


「じゃあ簡単なところから行きましょうか。いろいろ私のこと調べてるんだったら、無駄にはしたくないでしょ?」


「まぁ鳥居さんのお好きなようにどうぞ」


「あっそ――、じゃあお母さんの旧姓は?」


 鳥居さんから質問が出てくると、夏美さんは早押しクイズのように答えを俺に教えてくれた。俺はそれをそのまま、口にするだけである。


「吉田」


「誕生日は?」


「七月十六日」


「お母さんの実家の住所は?」


「〇〇県〇〇市〇〇区○○、△丁目△の△」


「お父さんとの初デートの場所は?」


「喫茶店――で、お父さんが財布忘れたらしいな」


「――っ、いったいどこからそんな情報を……私が母の日に作って失敗した料理は?」


「チーズケーキ。ドロドロだったけど、美味しかったってよ」


「……小学四年生の時に行った花火大会で、何があった?」


「えっと、鳥居さんが迷子になって号泣したけど、射的のおじさんが遊ばせてくれて、その間に係りの人が夏美さんを鳥居さんの場所まで案内してくれた」


 夏美さんの言葉を、名前の呼び方だけ調整して復唱する。

 ここで鳥居さんの質問が、三十秒ほど止まった。


「…………お母さん、最後に私に何を言おうとしたの。私、聞き取れなかったよ」


「『ごめんね。でも、私はずっとお空から彩のことを見守ってるから、愛してる』――だそうだ」


 このセリフにはちょっと俺もうるっと来てしまっているし、優も目元をこすっていた。


 鳥居さんはというと、質問の途中から顔を伏せてしまっていた。

 ゆっくりと顔を上げると、彼女の頬は涙で濡れており。口は小刻みに震えている。


「本当に、市之瀬くんにはお母さんが見えているの……?」


「あぁ、残念ながらお空ではなくて、鳥居さんのすぐ近くで見守ってるみたいだけどな」


 肩を竦めて、少し空気を和らげるつもりで言う。

 すると鳥居さんの表情はくしゃりと歪み、まるで張りつめて糸がぷつんと切れてしまったかのように、


「う、うぅ――っ」


 声を殺して、泣き始めた。優の制服を掴み、顔を埋めるようにして、苦しそうな声を上げていた。


 涙の理由は……なんだろうな。あの様子だと、夏美さんの『最後の言葉』とやらを聞くことができていなかったようだから、それのせいか。


 なんだか鳥居さんのこの弱り切った姿を見るのが申し訳なくて、俺は「五分ぐらいトイレに行ってくるわ」と言って席を立つ。いま俺ができることなんて、何もないし。


「ふふっ、トイレはさっき行ってきたんじゃなかったかしら?」


「ジュース飲み過ぎたんだよ」


「はいはい。行ってらっしゃい。彩のことは任せておいて」


「おう」


 優に返事をして、トイレに向かう。

 ちょっと時間を潰したら、彼女も少しは冷静になってくれているだろう。




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