第3話 玲の(しょうもない)未練




 御影さんは男の家に上がる拒否感よりも、俺の言葉に対する興味が勝ったようで、わりとすんなり俺の家に上がってきた。しかし、俺がローソファに腰を下ろしても、彼女は立ったままくつろごうとする気配はない。


「座らないのか?」


「……なんで市之瀬くんが私の姉のことを知っているの?」


 質問を質問で返された。まぁこれは俺が悪い。いくらなんでも展開が急すぎた。

 もっと段階を踏んで――ってのも考えたけれど、せっかく彼女が疑問を抱えて俺の家を訪れてくれたのだ。


 また説明の時間を作るのも面倒だし、この機会を活用させてもらうとしよう。


「……この家に来た時に、市之瀬くんは気分が悪くなったりはしなかったの?」


 彼女は俺が質問に答えるよりも先に、さらに質問を加えてきた。たぶん、冷静ではない。


 原因を作っているであろう彼女の姉は、“優ちゃんはですね、きのこ派なんですよ”といらぬ情報を俺に与えている。どう考えてもいま話すことじゃないだろ。


 だけどまぁ、きっかけとしては使える……か?


「御影さん、きのこ派なんだって?」


 この会話の切り出しはどうなんだと自分にツッコミを入れつつ、言葉にする。

 すると、彼女の眉間によっていたしわが消えた。そして何言ってんだこいつ――と言わんばかりの表情に変わった。だけど、


「御影玲が、そう言ったけど」


 次に俺が付け足した言葉を聞くと、即座に怒りの表情に変わる。

 死者を冒涜するなって感じかな。


「適当なこと言わないでくれるかしら?」


 彼女は俺に近づいて、威圧感たっぷりに見下ろしてくる。

 ちなみにその後ろでは、御影玲が両手の人差し指を御影さんの頭にくっつけて、鬼のまねごとをさせていた。なにしてんだお前は。


「……おい御影玲、なんか姉妹の間での秘密とかないの? 御影さん――妹が信じてくれそうなやつでさ」


 そう言って俺は、俺を見下ろす御影さんの背後に目を向ける。


 御影さんは慌てた様子で振り向くが、きょろきょろと視線をさまよわせるだけで、姉の姿をとらえることはできていない。まぁ普通の人は見えないよな。


「いや、お前はしなくていいんだよ! ボケてないでさっさと言ってくれないと、俺が変人呼ばわりされるだろっ!」


 御影玲はなぜか妹の御影さんと同じように後ろを振り返っていた。俺が指摘すると、『テヘッ』という感じで自らの頭を小突く。可愛いなこんちくしょう。


“玲って呼んでくれたらいいですよ”


「はいはい、玲、さっさと言え」


“――っ!? こ、ここはもっと恥じらうシーンでしょう!? なんで平気そうに言ってるんですか市之瀬さんっ! というか、なんで呼び捨てなんですか!? 優ちゃんには『さん』をつけてるのに!”


「だって玲は高校一年、享年十六歳だろ? それに幽霊相手だし? 半透明だからその分恥ずかしさも半減みたいな?」


“ずるいです! これだからたけのこ派はっ!”


「たけのこ派は関係ないだろ!?」


 というか、俺がたけのこ派だとは一言も言ってないんだが……まぁ実際そうなんだけども。


 と、よくわからないやりとりを幽霊と繰り広げていると、御影さんはぽかんとした表情で宙を見上げた。そこには誰もいないけど。


「まさか、本当に玲お姉ちゃんがそこにっ!?」


 いや今の俺のしょうもない独り言で信じちゃうのかよ!


 姉の声は聞こえていないはずだから、俺の言葉しか聞こえていないはずなのに……もしかして姉妹そろって変なんですかね?


 学校で見る御影さんは、いたって普通――玲のようなおバカなイメージはないのだけど。


 しかし、これで信じてもらうのも微妙な気がしたので、御影さんに「なにか玲しか知らないようなことはある?」と聞いてみた。


 すると彼女は地面に膝をつき、前のめりになって「じゃ、じゃあ灯お姉ちゃんの失敗談は!?」とリクエストしてきた。どうやら、御影家は三姉妹だったらしい。


「えーっと……小学生のころ好きだった男の子のバレンタインに、バレーボールサイズのチョコを作って送った、好奇心に負けてノーパンで学校に行ったことがある、痴漢をボコボコにしていたところを好きな男子に見られてしまった――灯さん、だっけ? なかなかぶっ飛んでるなぁ」


 玲が教えてくれた情報をそのまま口にしてみたけど、かなり内容が濃かった。


 そして姉のプライバシーが侵害されてしまったおかげで、御影さんは俺の言葉を信じてくれたらしい。その場にへたりこみ、彼女は大粒の涙を流していた。


 なにはともあれ。

 ここであった会話は、灯さんには伝わらないようにしておこうか。



「はっきりと証明してくれたあとで申し訳ないんだけど……ごめんなさい。まだ現実味があまりなくて」


「それが普通だと思うぞ。幽霊の話とか、あまり一般的じゃないからな」


 優(妹と区別するためにそう呼ぶことになった)は、少し落ち着きを取り戻して、俺と同じようにローソファに腰を下ろしている。


 男の家がどうとかは、あまり気にしていないらしい。


 そりゃ死んだ姉がそこら辺を漂っているというのだから、その辺りは些細な問題なんだろう。見ず知らずってわけじゃなく、一年間同じクラスで過ごした知り合いってこともあるし。


「市之瀬くんを通してなら、玲お姉ちゃんと会話ができるってことなのよね? こうやって幽霊になってるってことは、玲お姉ちゃんには何か未練があるの?」


 不安そうな表情で、優が聞いてくる。


「未練にも色々なパターンがあるからなぁ……『娘が結婚するのを見届けたい』みたいな時間がかかるケースもあれば、『親に何か伝えたい』みたいにすぐ解決するものもあるし。ただ、悪霊化しちゃうパターンもあるから、そこは気を付けないといけないな」


 玲の詳しい事情を、俺はまだ彼女の口から聞いていない。聞こうとしていた時に、優がやってきたから。


 優とそんな風に話をしていると、玲が元気よく“はいはい! 私、未練あります!”と手を上げた。


“事故に遭う前日に優ちゃんにリバーシで負けたので、リベンジしたいですっ!”


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