第2話 お隣さんは同級生で、幽霊の妹



 半透明な女子高生の名前は、御影みかげれい


 彼女はいまから約三年前に、このアパートの目の前で交通事故に遭い、年若くして他界してしまっている。


 これぐらいの情報は過去のネットニュースを調べたらすぐに出てきたし、内覧の時点で確信していた。ご丁寧に、ニュースには顔写真が貼られていたからな。


 だが、写真はあくまで写真。性格まで写し取るようなものではない。


 明るい子なんだろうなぁとは思っていたけど、ちょっとおバカなところまでは写真で判別できなかった。内覧したときには、ふよふよ漂いながらたけ〇この里をパクパク食べていただけだし。


「おーい、そんなところにいないでこっちにこいよ」


 自分のことを棚に上げて俺をおばけ呼ばわりした彼女は、真っ暗なテレビからにょきっと真っ赤に染めた顔だけを突き出している。


 おおかた、俺を『あ・な・た』呼ばわりしたことなどを思い出しているのだろう。

完全に黒歴史だなぁ。死してなお歴史を作るとは、まさか彼女も思っていなかっただろう。


“あ、あれは――演劇の練習なんです! 暇だったので!”


「そういうことにしとこうか」


 あの話題を引っ張ってもお互い幸せになれないだろうし、俺はそっけなく返答した。

 すると彼女は両手で顔を覆って“もうお嫁にいけません……”などと呟いている。そりゃ無理でしょうね。死んでるし。


 ぼけーっと首から上だけの女子高生を見守ること約三十秒、どうやら少し落ち着いたようで、御影は手を顔から外してから俺を見た。


“あなた、いったい何者ですか……?”


 そのセリフを現実で聞いたのは初めてだよ。

 俺は御影の醸し出す妙な雰囲気に苦笑しつつ、「幽霊と話せる一般人だよ」と返答した。


 ローソファの上であぐらをかいている俺をジーっと観察した彼女は、恐る恐るといった様子でテレビを貫通してふよふよとやってくる。それでも、俺とは一定の距離を空けているが。


“それに、触りましたよね。私のこと”


 俺が握った右手を左手でさすりながら、彼女は言う。


「そう言うとなんだか痴漢っぽいからやめて欲しいんだが――まぁそうだな。喋れるし、触れる。あいにく除霊とかできるような学はないが、なにか未練があるなら、俺にできる範囲で手伝ってやるぞ」


 御影の未練が俺に解決できるものなのであれば、成仏させることはできるだろう。

つまり、家賃一万円の2LDKを、独り占めできるようになるってわけだ。


 ただ……幽霊とはいえ、かなりの美少女である彼女との同棲生活を即座に失うのも、少々もったいないなぁと思ってしまう。


 だが、彼女の未練をこじらせてもいいことはないし、俺としても、あまり仲良くなるべきではないと思っている。別れがつらくなるだけだからな。


“――つ、つまり、私の言葉を、家族に伝えられるってことですか!? そんなこと、本当にできるんですか!?”


「信じさせるのには工夫がいるだろうけど、こうやって話せるんだから簡単だろ」


“た、たしかにぃっ! 盲点でしたっ! これは一本とられましたね!”


 はたして俺は一本とれたのだろうか。

 というか、盲点の範囲がやたらと広くないか? 視野の八割ぐらい盲点で構成されてるんじゃないだろうか。


 驚いた表情を浮かべていた御影は、何か思いついたように手のひらにこぶしを落として目をキラキラと輝かせる。


 どうやら、さっそくなにか家族に伝えたい言葉を思いついたらしい。


 まぁそりゃそうだよな……病気で余命宣告とかされていたならまだしも、交通事故という予期せぬ形でこの世を去ってしまったのだから、伝えたいこともあるだろう。

 少しだけ俺に近づいてきた御影は、期待の籠ったまなざしを俺に向け、口を開く。


“市之瀬さん――でしたよね?”


「おう」


“市之瀬さん、どうかお願いします。私のママ――このアパートの大家さんに、どうしても伝えてほしいことがあるんです!”


「お安い御用だ」


 どうやって信じさせるかは後で考えるとして、とりあえず彼女の言葉を聞くことにしよう。たぶん『ありがとう』とか『先立つ不幸を~』とかそういう感じの言葉だろうな。


“ママに、『わたしはたけのこ派じゃなくてきのこ派』って言ってくれませんか? 仏壇にお供えするお菓子、たけの〇の里ばっかりなんですよ? おかしくないですか? 普通きのこですよね?”


「…………おぉ」


 頭を抱えた。おかしいのはたけのこ派じゃなくてお前の頭じゃないですかね。

 というか、それ死後の話だから未練とかじゃないだろ……いったいどういう思考回路を経て、それを伝えようという考えに至ったんだ。


 俺は大きくため息を吐いて、不満顔を浮かべている御影に目を向ける。


「あのなぁ、それを伝えるのは別にいいんだけど、もっと未練のある、感謝の気持ちを伝えたいとか、そういうさぁ――ん? だれか来たな?」


 喋っている最中に、インターホンが鳴った。すると御影が即座に、


“あ、私見てきますよ!”


 と言って玄関方向へとすい~っと移動を開始。ちょっと便利だなと思ってしまった。

 玄関から戻ってきた彼女は、ソファから立ち上がった俺のすぐそばにまでやってきて声を掛けて来る。


“お隣のゆうちゃんでした! 御影優――私の妹です!”


 ……ふむ、御影優、ねぇ。


 そんな名前の女子なら、同じ高校どころか一年のころは同じクラスだったが……まさかあいつか? そういえば二年のクラスはどうなんだろう? 彼女も俺と同じC組なのだろうか。


 だとしたら大家さんも教えてくれたら良かったのに……まぁ幽霊のこともあったし、そこまで頭が回らなかったんだろう。


 御影優――彼女は基本的に学校で寝ているぼっちの俺と違い、わりとカースト上位の人気者である。


 ただ、社交的とかそういう感じではなく、クールビューティとでも言えばいいのだろうか。女子からはかっこいいと羨望のまなざしを向けられていて、男子からは美人として人気。


 彼女を見ていると、高嶺の花――という言葉が浮かんでくるような雰囲気を持っている。

 一年間同じクラスだったけど、俺は一度も会話をしたことがない。


 でもまぁ、この幽霊に関わってしまったし――家賃一万円の甘い汁を吸わせてもらっている以上、無関係ではいられないよなぁ。


 これで別人だったら笑うが――鼻筋とか唇あたりとか、顔のパーツのところどころが、この幽霊と似てた気がするんだよなぁ。

 そう思いながら、俺は玄関に向かい、扉を開いた。


「――こんにちは市之瀬くん。もしかしたらすでに母から聞いているかもしれないけれど……私、隣に住んでいるの」


 風になびくサラサラとした真っ黒な髪――やや釣り目で、唇は真横に結ばれている。見慣れている制服姿ではなく、彼女は私服姿だったので少し新鮮な気持ちになった。


 それにしても、なんだか圧迫感がすごいな……美人さんではあると思うけど、ちょっと怖い。何も悪いことはしていないのに、一歩あとずさりたくなってしまう。


 だけどまぁ、俺の名前をきちんと憶えてくれていたんだな、御影さん。


「大家さんから『家族が隣に住んでる』とは聞いていたけど、御影さんだとは思わなかったな。どうぞよろしく」


「えぇ、よろしく」


「……うん、よろしく」


「えぇ」


 ここからどうしろと? いったい何を話せばいいんですかね? ワタシワカラナイヨ。


 御影さんは俺の目をジッと見つめており、何か言いたいのだろうけど、口を開く気配はない。言いづらいことがありそうな感じだ。


 勝手に予想させてもらうとすれば、御影玲――つまり彼女の姉に関してのことかもしれない。幽霊の話をすると、世間的に変な目で見られたりすることを考えれば、納得がいく。


「時間があるなら、ちょっと話していくか? お前の亡くなった姉さん――御影玲に関して」


 俺がそう言うと、彼女はわかりやすく目を見開いた。

 俺の後ろで、本人が“これは私と優ちゃんの名前呼びフラグですね、わかります”などと言っていた。


 当たってしまっているのが、なんとなく腹が立つなぁ。


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