明菜の家族

 私が姉になったのは小学一年生の頃。妹がほしかった私は男の子だと聞いて不貞腐れていたが、実際に産まれてきた弟を抱いた時、そんな不満は一瞬で吹き飛んだ。弟の世話は積極的に手伝った。「明菜は良いお母さんになりそうだな」と父に褒められることが嬉しかった。今同じことを言われたら複雑な気持ちになるが。

 二年経って、二人目の弟が生まれた。上の弟の秀明は大人しく、世話がしやすい子だったが、千明は動き回る子だった。オムツを変えようとすれば全力で抵抗するし、少し目を離せば高いところに登ろうとする。秀明に比べると大変だったが、可愛い弟であることに変わりはなかった。秀明も積極的に育児に参加してくれた。というか、母さんが参加させていた。それに対して父さんは「男の子なんだからあんまりやらせなくても良いんじゃない?」なんて言っていた気がする。それに対して母さんがなにを言ったかはよく覚えていないが、それまでオムツ替えを私や母さんに押し付けていた父がいつの間にか自分からやるようになっていたのは覚えている。

 それからまた二年経って、双子が生まれた。待望の妹だった。しかも双子。家族みんな、双子のことが可愛くて仕方なかった。千明も今ではあんな感じだが、当時はデレデレだった。だけどその双子が生まれて間もなくして、父が事故で亡くなった。父の葬式の日、私は泣かなかった。泣けなかった。泣き噦る弟達を慰めることでいっぱいいっぱいで泣けなかった。そんな私に母が言った。「お姉ちゃんだからって、頑張りすぎないで良いんだよ」と。その一言で私はようやく泣けた。

 それから一年ほど経って、母は病に倒れる。私は中学生、弟二人は小学生、妹二人は幼稚園にも通っていなかった。それからしばらくして、母は私だけに打ち明けた。自分はもう長くないと。その瞬間、私は決めた。高校進学を後回しにすると。

 それから中卒で十年働いた後高校に入学した。そのあとは知っての通り、教師になった元後輩と再会して、卒業後に付き合うこととなった。


「というわけで、私も彼女の家族に挨拶してきたので、みんなにも彼女を紹介しようかと」


「今更紹介もなにもなくない?」


「私ら学校でほぼ毎日会ってるもんね」


 そう言ったのは双子の妹、明鈴と明音。二人は私と同じ高校に進学した。年齢的には一回り近く離れているが、学年は一つ下だ。葉月ちゃんともそこそこ交流がある。二人の言う通り今更紹介するまでもないので割愛し、弟二人を紹介する。


「七つ下の弟の秀明と、九つ下の弟千明。秀は葉月ちゃんと同じく教師目指してて、千明は医者目指してるんだ」


「いつか同じ学校に通うこともあるかもしれないですね」と、秀明が葉月ちゃんに笑いかける。そうですねと笑い返す彼女。


「……浮気しないでね」


「するわけないじゃないですか。私、レズビアンですし」


「俺も彼女居るし」


 しれっと言われたが初耳だった。千明たちも聞かされていないらしく、いつの間にと一斉に秀明の方を見た。最近出来たばかりらしい。


「どんな子? 可愛い?」


「……先輩こそ浮気しないでくださいよ」


「やだなぁ。弟の彼女に手出すわけないでしょ」


「弟の彼女じゃなかったら手出すんですか?」


「出しません。葉月ちゃん一筋ですー。じゃなかったら三年も待てないよ」


「……そうですね」


「でしょ? 葉月ちゃん大好き」


 抱きつこうとすると押し返される。人前ではこんな風に冷めた反応をするが、二人きりになると甘えてくる。そのギャップがたまらなく可愛い。


「……あのさ、母さんと父さんには報告しなくて良いの?」


 千明に呆れるように言われてハッとする。そういえばそうだった。一番報告しなければいけない二人に報告していない。

 彼女を連れて仏壇のある和室へ。彼女は仏壇の前に正座すると、お久しぶりですと二人に声をかけた。そういえば三年ほど前に一度会っていた。

 挨拶を終えると、彼女は悪戯っぽく笑って言った。「にも改めて挨拶した方が良いですか?」と。私に兄は居ないが、彼女の言うお兄さん達が誰を指しているのかはすぐにわかった。


「弟な。私の方が姉だから。ルーカスは兄でも良いけど」


「私には山本先輩の方がお兄さんに見えますけど」


「それは外面しか見てないからだろ。あいつ中身はガキだからな。ほんとに。小学生の頃からなーんも変わってない」


「それは先輩では」


「私の小学生時代知らないくせに!」


「山本先輩から聞きましたよ。色々と」


「ええっ! なんだよ色々って!」


「ふふ。色々です」


「くそっ。あいつ人の過去を勝手に……今度帰国したら締めてやる!」


 本当に仲が良いんですねと彼女は笑う。あいつも家族みたいなものだからと私が答えると「あいつもってことは、私もそうなんですか?」と照れ笑いしながらどこか揶揄うように返してきた。


「聞くまでもないでしょ」


「でも、言ってほしいです」


「私の家族だよ。君も」


 私が言うと「嬉しいです」と泣きそうな顔で笑った。その嬉し涙を見て、法律が変わったらすぐに改めてプロポーズしようと決めた。

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